やるじゃん女の子


 ふわー、眠い。部屋のブラインドをちょっとだけ開けたら、朝日が差込んできて気持ちがいいな。フローリングの床の上に出来上がったしましま模様、なぜか幸せな気分になる。

 私は大学生で、東京で一人暮らしをしてからもう1年になる。と言っても、別にはるばる田舎から出てきたわけじゃない。生まれたのも東京だし、私の通ってた小学・中学・高校と、全部うちのワンルームマンションの近所にある。親が金持ちというわけでもないし、ましてや喧嘩して家出したわけでもない。じゃあなぜ東京で一人暮らしなんてしているのか。私が大学2回生の頃、うちの親が大阪に転勤になって、東京の大学に通っている私だけはここに残る事になったから。で、大学の近所という線も考えたんだけど、やっぱり住み慣れたこの町のワンルームマンションを借りた。だから、一人暮らしといっても遊び慣れた高校時代の友達は近所にいるし、初めてCD借りたレンタルビデオ家さんも近所にあるからちっとも寂しくない。むしろ、うるさいのがいないからかえって都合がいいくらい。その代わり、週末ともなると大学の友達やら、高校の友達やらがうちの部屋に集まって来るし、夜通し騒いでそのまんま泊まって行くなんてざら。それはそれで楽しいんだけど、本当にみんな彼氏がいるんだろうかと不思議に思えてしまう。そういう私も募集中の身で、週末にたまった睡眠不足を、朝寝と授業中に解消しているんだから我ながら困ったもんだ。

「そう言う旅館業みたいな事してるから、彼氏ができないんだよ。」

 なんていつも言われてしまう。

 今日も今日で、厚切りのトーストと目玉焼きが朝ご飯。ま、今日は朝ゆっくりできるから結構凝った朝ご飯だけど、面倒臭くなったらトーストだけとか、もっとひどい時は、コーンフレークに牛乳を掛けて朝ご飯なんて時もある。それでも朝ご飯をちゃんと食べているだけましな方らしい。

「私なんか、いっつも朝は食べないよぉ。だって面倒臭いんだもん。」

 なんて言ってる子が多い。

 時計を見たら、もう9時。今日は何を着て行こうかなと、白い洋服ダンスを開けてしばし悩む。と言っても、別に渋谷に遊びに行くわけじゃないし、大学に行くわけでもない。ただ単に、近所のスーパーに買い物に行くだけ。今日もまた友達が遊びに来るから、夕ご飯の材料を何か買っておこうということ。メニューは、スーパーへ行ってから、今日は何が安いかを見て、ありあわせで何か作ってる。今日は豚肉が安かったから、シチューでも作ろうかな。それだけじゃちょっと寂しいから、大根を湯通ししてサラダでも作ろう。なんて考えながら、買い物かごを片手にうろうろしてる。で、帰ったらすぐに下ごしらえ。まずは、豚肉を一口大に切って、にんじんとジャガイモは角切りにして・・・と。大きなお鍋の中で湯気立てながら、お野菜君達が鬼ごっこを始めたところで昼ご飯にしよう。さっきスーパーで一緒に買ってきたお刺し身が、今日の昼ご飯。ご飯炊いてる時間がもったいないから、キープしてあった素麺をゆがいて食べようかな。

「今時女の子でもそんなまめな子はいないよ。」

 確かに、みんなに手伝ってもらったら楽なんだけど、何せ手際が悪いの。ジャガイモを皮むきで四苦八苦。やっとむけたと思ったら、今度はジャガイモが泥だらけ。挙げ句の果てには流し台がにんじんやらジャガイモやらの皮だらけ。違うのっ! ここはこうやって・・・なんて言ってたらきりがないし、よっぽど疲れるだけ。ほんと、これで結婚したらどうするつもりなんだろうと心配でしょうがない。

 ・・・と、ここで携帯電話のベルがけたたましく鳴った。携帯電話だなんて一見贅沢なように見えるけど、実は私、携帯電話しか持ってない。普通の電話にしようと思ったんだけど、レンタルテレホンなんてのを使ったら下手をすると携帯電話の方が月々の基本料金は安上がりだし、しかもどこにいてもつかまるから便利。

「ねえねえ、ちかぁ! 今どこぉ?」

 電話の向こうは、留美だった。今家に居るよって言ったら、ちょうど今近くの公衆電話だからすぐ行くって言って電話を切った。留美も一人暮らしをしているんだけど、留美の部屋はというと大学の近所。ここから電車で1時間はかかる。すぐ近くの公衆電話って、もし留守だったらどうするつもりだったんだろう。そんな心配をする暇もなく、玄関ベルがピンポーンと鳴った。扉を開けると、留美が立っていた。やけに真面目な顔をしてる。まあ入ってよって玄関に通して、扉がばたんと閉まった瞬間、真面目な顔が一転。

「わーーーん!」

 と、玄関に座り込んだまま大泣きを始めた。どうやら、真面目な顔をしていたというよりは、私の部屋に入るまで必死で泣きを堪えていたらしい。

「留美、どうしたの? 泣いてちゃわかんないよ。」

 なんて言うのは、真っ赤なうそ。実は、留美がなんで泣いているのかおおよその見当はついている。

 あれは、まだ大学に入学したての頃。うちの大学と言うのは女子大で、しかも都内でも有名なお嬢様学校とかで、入学式から前期の授業が終わるころまでの間というもの、色々な男が校門の前を取り巻いているのだ。例えば、高そうな車に乗ってきたり、ばっちり決めたスーツに身を固めてたり、やたら細いジーンズに金色でてかてかのロックンローラーみたいな格好してたり、大きな鞄をぶら下げたカメラ小僧だったり、果ては宗教団体とも思える2~3人で固まった青白い怪しげな集団だったりと、およそ男の博物館でもできたんじゃないかって思えるぐらいだった。なんでこんなに男共が集まるのかと言えば、例えば彼女を見つけたいとか、ノルマチケットの販売とか、コレクションとか、宗教勧誘とか、色々と理由はあるけど目当ては一つ。今年入ったばっかりの新入生だ。で、大学としてもそういう誘いには乗らないようにと入学前のオリエンテーションで説明してるし、それに勧誘のたぐいならともかく、彼女探しが目的の男共は大抵はりぼてで着飾ったお坊ちゃまと一目でわかる。だって、高そうな車と言っても「わ」ナンバーだもん。それでもわからない子はわからないらしく、後でトラブルに巻き込まれるのもめずらしくない事だった。そして、この留美と言うのも、どちらかと言えば幸せな巻き込まれ方とは言え、トラブルに巻き込まれた口だった。

 留美がつかまったのは、カメラを抱えた色白でぽってりとしてて体重が3桁ありそうな男だった。そりゃあつかまってくるにしても、もうちょっとましなのにつかまればいいのにと、私だけじゃなくてみんな思った。もし私が留美だったら、顔にお面を被せてでも絶対イヤって思ってたはず。でも、留美はよっぽどの物好きだったのか、それとも男を見る目がないのか、本気でこの男を好きになったらしい。これはクラスで密かな話題になった事があるんだけど、一体全体なんでまた留美はあんなカメラ小僧が好きなのか。諸説が出たけど、有力だったのが3つあった。1つ目は、あのカメラ小僧が留美の恥ずかしい写真を撮って、留美を脅迫し続けてると言う説。2つ目は、あのカメラ小僧、実はエッチがすっごくうまくて、留美はめろめろにされていると言う説。最後は、あのカメラ小僧が留美にお金を渡してると言う説。結局、どれが本当だったか、それとも全部はずれだったのかはわかっていないんだけど、留美はあの男にどんどんのめり込んで行って、「私いつか結婚するんだぁ」なんて白日夢のような事をつぶやくようになった。ここまで言われてしまったら、周りの人は「好きにしてよ」状態だった。ところが、この関係がおかしくなり始めたのは半年ほど前のこと。留美から聞いた話によると、いくら電話をしても留守番電話ばっかりで、まともに連絡がつかなくなったんだそうな。この状況から見て、きっと留美はあの男に振られたとみて間違いないだろう。

「留美、泣くのはやめな。男に振られたって思っちゃダメ。そう言う成り上がりの男には、往復ビンタで打ちのめさなきゃ。」

 多少乱暴かもしれないとわかってはいたけど、私はこう言った。

「往復ビンタ?」

 留美は、すすり泣きしながらこう言った。

「そう。女の子はいつも戦ってるんだから。安定なんて求めちゃダメよ。もし留美の男が別の女の子と歩いてたら、一人でくよくよしてちゃダメ。ほっぺたひっぱたいて帰ってこなくっちゃ。」

 やけどしそうな湯気の向こうには、大きなお鍋がおいしそうな匂いを立てていた。