夏が来た!


「ねぇ、今年の花火大会っていつだっけ?」

 毎年夏になると、いつもこうやって直人に電話をかける。

「花火大会ねぇ・・・えーと、今年は8月10日やで。」

 本当は花火大会の日なんて覚えているくせに、直人はいつもこうやってとぼけて見せる。

 私と直人は、同じ高校の同級生だった。同じクラスになったのは高校3年生の時だったんだけど、学校の中で一緒にいない時と言えば、体育の授業の時とクラブをやってる時ぐらい。それ以外はいつも一緒だった。直人はサッカー部だったから、朝練とか何とか言って朝早くから夜遅くまでサッカーやってたし、日曜日もサッカーやってたから、それ以外の時で一緒と言うことも滅多になかった。もちろん逢いたくないというわけがなかったし、よっぽどサッカー部のマネージャーになろうかとも思ったんだけど、まさか高校3年生にもなって体育系クラブに入いるなんて自滅以外の何物でもないと思うし、どうせ夏休みぐらいには勇退するわけだからそんなに無理する必要もないかなみたいな感じで過ごしてきた。それが、夏になったら夏になったで今度は卒業したらどうするかという話になった。直人も私も大学へ進学するって決めたから、今度は受験勉強に没頭する毎日になった。一見すると、二人で一緒に勉強すればいいんだから逢える時間は増えそうに見えるんだけど、スポーツ推薦でさっさと地元の大学へと進学が決まってしまった直人に対して、私は頭だけが頼りだったから猛勉強する羽目になってしまった。結局、東京の私立大学に進学が決まって、直人とは離れ離れになってしまった。離れ離れとは言っても、たまに電話はしてたし、実家に帰ったら逢いに行ってたけどね。

 そんな私の思い出と言えば、夏休みに直人と二人で海へ行った事。予備校の夏季合宿を受けるとか何とか言って親から旅行代をせしめた私は、直人との思い出を作る事ばかり考えていた。そんなロマンチックな私とは裏腹に、直人の奴は海へ行くというのに水着を忘れてきて、買うのはもったいないって服のまま泳いでて、私はおかしくて笑い転げてた。そこから先、つまり日が暮れて、浴衣姿であっちこっちで花火をやってるのを二人で眺めてて、とろけるような気分になって、・・・そこからぼんやりとしてたからあんまり覚えてないけど、これがたった一つの思い出かな。

 で、今年も夏休みになって、いつ帰ろうかって話をしていた。実家の近所では毎年花火大会をやってて、私は大抵その日に合わせて実家に帰っている。それと言うのも、直人と一緒に花火大会を見に行くというのが毎年のお決まりになっているから。さすがに浴衣姿では行かないけど、これを見ないと夏休みって言う感じがしない。そして、その日が近づくと「東京みやげは何にしようかな?」と毎年頭を抱え、青春18きっぷを片手に各駅停車でゆっくりと帰省する。だから、朝私の部屋を出て、かれこれ日が暮れようかと言う頃にようやく実家に着く。実は、この方が都合が良い。夏休み中でも直人はクラブの練習に行ってる時があるから、夜になってから電話しないといない時が多い。さっさと実家に着いてごろごろしてるとか、昼の過ぎたあたりにようやく新幹線に乗るなんて、じっとしているのが苦手な私には耐えられない。前の晩と言うのは、ぐっすりとは眠れない。ちょうど修学旅行か林間学校に行く前の晩のような感じで、気が逸って寝ることすらできない。それが、電車に乗り込んだ途端にぐっすりと眠り始めて、気がつけば乗り換えと言うのが毎年のパターンだ。こんな感じで、実家に着いたら荷物を置くのが早いか、早速直人のところに電話する。

「明日だけどさぁ、駅の前で待ってたらいいよね。」

 なんて言ったら、

「東京弁でしゃべんのやめえや。帰ってきたんやろ?」

 ・・・て、笑われちゃった。およそ前の日にも電話したと言うのに、2時間近くは喋ってたかな。

「あんたなんぼ自分で電話代払わんでええからって、何も『ただいま』言うていきなり電話せんでもええんとちゃうのん?」

 うちの親は、こうやってあきれてる。ま、久しぶりにご飯作らなくてもいいんだし、束の間の極楽気分を味わって、電車の中で思いっきり寝ているとは言ってもやっぱり眠いからさっさと寝ることにした。

「また鬼娘が帰ってきおった。」

 きっとうちの親は、私の目が届かないところでこう嘆いているに違いない。

 朝起きて、ご飯を食べながらテレビを見ていた。もっとも、食べているのは私だけで、後は全員とっくの昔に済ませている。早い話が、私はいつものように朝寝を決め込んでしまったのだ。

「ねぇ、今日花火大会やったよね?」

 私は、台所に向かってこう言った。

「そやねぇ。でも、わからへんよ。朝天気予報で雨降る言うてたから。」

「雨?」

 私は、台所に向かって聞き返した。

「うん。夕立あるかも知れへん言うてたわ。」

「ふ~ん。でも、夕立ぐらいやったらやるんとちゃうのん? じゃじゃ降りやったら無理やろんけど。」

「そやろうなぁ。」

 うちの母は、いつもこうだ。結局、言いたい事が良くわからない。ま、雨が降るかもしれないから傘ぐらいは持っていくことにした。

「へぇ、ここコンビニができたんだぁ。」

 などと言いながら、久しぶりに駅へと歩いていた。でも、駅へと近づくにつれて雲行きがだんだん怪しくなってきて、駅に着いたらどしゃ降りだった。浴衣姿でなくてよかったと、駅の日差しの下からぼんやりと眺めていた。みんな天気予報を見てたのか、大抵の人は傘を持っていた。でも、約1名だけ傘もささずに駅の方へと突進してきた。その約1名と言うのが、直人だった。

「あら、天気予報見いひんかったん? 今日夕立やって言うてたやんか。」

 直人はびしょ濡れの髪の毛を掻きあげた。上はTシャツ1枚の、下はGパン姿。誰が見ても、久々に彼女に会う時の格好には見えなかった。

「いや、知ってたんやけどね。わし傘持ち歩くの嫌いやし。雨降ってびしょ濡れは慣れてるし。」

「そらサッカーは雨降っててもやってるか知らんけど、今日はサッカーしに来たんとちゃうんやから。」

 あきれた私は、こう言った。

「でも、入れてくれるんやろ?」

 と言われると、私は嫌とは言えなかった。こうして、およそ直人一人分でも狭そうな傘に、私と二人で入る事になった。こんなムードもそっけもない相合い傘も、めずらしい物だと思った。何しろ、直人にくっついても離れても濡れるから、適当に離れた相合い傘。しかも、こうすると直人はほとんど首しか入らないから、傘に入っていても思いっきり濡れたはず。ほとんど気休め程度にしかならなかったかもしれない。それでも、夕立が上がったらちょっとだけひんやりと気持ちよかった。直人はひんやりを通り越して、肌寒かったかもしれないけど。

 花火はいつも河川敷きで上がるんだけど、その近くと言うのはあんまりにも人が多すぎて見えにくいから、そこには行かなかった。と言うより、毎年行かない事になっている。じゃあどうするかと言うと、ちょうどその河川敷きの近くに池があって、その池のほとりで花火を眺めているのだ。こうすると、目の前は池しかないから良く見えるのだった。ここも、それなりに人は集まるから、ちょっとだけ早目に行くのがこつ。

 打ち上げ地点からは2~3kmは離れているけど、花火が上がる音が聞こえてくる。何発も何発も、夜空にきれいに破裂しては消え、またひゅるると音を立てて登っていった。夜空に昇る花火もきれいだけど、鏡のような池に同じ様に写る花火もすごくきれいだった。ふと右を見たら、直人の顔が赤く照らされたり、また暗くなったり、こんどは緑色の光が当たったり、また暗くなったりしていた。変わらないのは、直人の顔色だった。何と言うか、ただ一心に花火を見ているという感じで、直人もやっぱり感動するのかなと思ってしまった。いや、正確に言うと感動していると言うよりは、何か思い詰めているようにも見えた。

「きれいね。」

 私がこう言うと、直人は首をゆっくりと縦に振った。それから沈黙が流れて、 黄色い花火が5発ほど一気に駆け登った瞬間、直人はこう言った。

「大学卒業したら、結婚しような。」

 私、あんまりにもびっくりして返事もできなかった。ただ、「えっ」と返事をするのが精一杯だった。急に花火がかすんで見えて、どうしようもないくらい胸騒ぎが襲ってきた。もし目の前に手すりがなかったら、その場によなよなと座り込んでいたかもしれない。でも、もしあの時右を向いていたら、真面目な顔をした直人がいたはず。

 青春18きっぷを片手に握っていても、あの時のあの言葉は頭から離れなかった。本当の夏は、これからかもしれない。