跳べ模型ヒコーキ


 カーブを通過する度に大きく揺れる、小さい電車。今時めずらしい、車内が全部木でできている電車。冷房なんてついてないから、この暑い夏は窓を開け放し。大きくうなるようなモーターの音が、容赦なく流れてくる。そう言えば、ちっちゃい頃はこんな電車があっちこっちに走ってたねと、何だか懐かしい気分になってくる。とは言え、やっぱり暑い。信号待ちで電車が止まったら、冷房能力0なんだから。ポシェットから扇子を取り出して、ぱたぱたと扇いだ。小さな駅で止まったら、およそ乗り降りだけでも結構大変そうなおばあちゃんが2人ほど、杖で体重を支えながら乗り込んできた。入口のそばの座席に座って、何やら大きな声で雑談してる。ところが、発車した途端に大きなモーターの音が木製の車内にうなるから、何を喋っているのかは全然聞こえない。でも、なぜか絵になるような気がする。

 こんな電車に乗るのも久しぶりなら、電器店街へ行くのも久しぶりだ。丁度この路面電車の終点が、この辺で一番の電器店街になっている。やれインクリボンが切れた、やれフロッピーがないと言ってはここまで来てた頃もあったけど、今時そう言うものはコンビニに行ったら売ってる。だから、どうしてもと言う用事でもない限りはこういう電器店街まで足を運ぶこともなかった。なつかしい気分になってたら、もう終点。終点と言っても、1両きりの電車が2~3本入ったらもういっぱい。当然改札もなくて、140円を運賃箱に入れて電車を降りた。

 丁度この駅のすぐ前が警察署になっていて、四つ角に地下鉄への出入口がついている。そして、この出入口の奥の奧に改札があって、あいつとはよくここで待ち合わせをしていた。実は、出入口は反対側にもあって、こっちからだと電器店街の丁度ど真ん中に抜けられるようになってはいる。なってはいるけど、混むからという理由でここで待ち合わせてた。

 あいつは機械と名前がつけば何でも好きだったけど、とりわけあの当時はパソコンが好きだったようだ。パソコンと言っても、私の目から見ればどれも同じにしか見えないのだけど、やっぱりそれなりの違いはあるらしい。あいつと一緒にこの電器店街へ行くと、パソコンショップと言われる店を最低でも4軒か5軒ははしごさせられた。で、何を買うのかと言えば、何も買わないのだ。ただ、カタログだけは熱心に集めていたようだ。ひょっとしたらあいつは、パソコンショップの店員さんよりも詳しいんじゃないかと思うぐらいだ。これだけパソコン参りをしたら気が済むのかと思ったら、今度はやれ無線機だ、やれ模型だ、やれラジコンだ、やれステレオだ、やれビデオだと、あいつが興味を持った機械を挙げたらきりがない。ここを歩いたら丸1日かかるのもうなづけると言う物だ。結局、あいつの部屋には行ったことがないし、行くこともなくなったけど、きっと機械と言う機械が所せましと並んでいて、布団を敷く場所もないのにどうやって寝てるのか不思議に思えるに違いない。

 あいつとはいつの間にか連絡を取らなくなってたから、今どうしているかはわからない。私もあれから何度か引っ越して、それまで地下鉄で電器店街へ行ってたのが路面電車に変わった。私も物書きなんて仕事してるから、ワープロを都合しに行ったのが一人で行った初めての電器店街だった。最初はおよそ電子タイプライターのような形をしたワープロだったけど、何度か買い替えて今では倉庫の奥に眠ってる。台風一過の青空で、相当蒸し暑い。こうやってワープロを眺めていると、後ろからふとあいつが歩いてきそうな気がする。