ハイテク仕掛けのラブストーリー


第5章 オペレーターは女子大生(後編)

二十三、

「へぇ~、良かったじゃないですかぁ。」

最近会ってなかったかなえちゃんに久々に会ってぇ、またサテンで喋りまくってたの。で、こんけいさんとおきよの話が出て来て、さも自分のことのようにかなえちゃんが喜んでたのね。

「うん。日本橋デートもうまく行ったみたいよ。」

と言うのは、こんけいさんがこんなメールを送って来たのよね。

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「お手紙」 (98/99) 93/08/22 23:48
タイトル:学長、ありがとうございました
1024bytes UVAN79:こんけい Command (?:説明 help):R

おかげ様で、日本橋ツアーも大成功でした。

でも、おきよちゃんのパソコン音痴は物凄かったですよ。
「スポスタのモデム欲しいなあ。」
って話をしたら、
「ねぇ、スポスタのモデムってなあに?」
ですからねぇ。展示品のパソコンは破壊しなかったけど。

あ、そうそう、144のモデム買ったんで、モデムが1個余ったん
ですよ。おきよちゃんにプレゼントして、パソコン通信に引きずり
込もうと思ってるんですけどね。その時は、学長のネットにも呼びます
から、よろしく~~~
こんけい
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で、似たようなことをおきよも電話で言ってたし。その晩に電話のベルがリンリンと鳴ったかと思ったら、やっぱりおきよ。

「もしもしぃ、恵美子ぉ! OKよぉ! 近藤さんから、『つきあって』って言われたのぉ! 嬉しいっ! ねぇ、恵美子聞いてるぅ?」

受話器を取って、いきなりこれ。悲鳴に似たような、すぐにでも誰かに聞いて欲しいと言わんばかりの声で。受話器から耳を遠ざけても聞こえるよみたいな感じ。よっぽど嬉しかったのかなぁ。おきよのやつ、ずっと彼氏ができなかったから思いっきり嬉しいのも無理もないけど。

「でも、恵美子さんも考えましたねぇ。初めてのデートコースを日本橋にするなんて。」
「うん。私もとっさに思い付いたんだけどね。ホントは、純粋におきよにパソコン覚えて欲しいなって思ってたんだけど、まさかこんなにうまく行くとは思わなかったわよ。」

これも本当。だって、あの時はとにかくこんけいさんとおきよが次に会う約束を作らないとダメだなぁって思ったのよね。4人で海って線もいいなぁって思ったんだけど、GOTさんがダメみたいな事言っちゃったし。ま、これも後からGOTさんに聞いたんだけど、4人じゃなくて絶対に2人きりにしなくちゃって思ってとっさにダメって言ったんだって。

「だって、日本橋の電気街ってこんけいさんみたいなパソコン好きに取っては庭みたいなもんでしょ?」
「まぁ・・・そんなもんかなぁ。」
「そしたら、間違いなくこんけいさんがリード取れるじゃないですか。」
「そう言われると、そうよねぇ。」
「で、モデムを彼女にプレゼントするって言うのも、いいと思いますよ。」
「そう。でも、きっとこんけいさん無理したんじゃないかなぁ。いっちょんちょんのモデムなんて。ずっと前から買うつもりはしてたみたいだけど、あれ結構な値段するよぉ。」
「でも、おきよさんがパソ通始めたら、恵美子さんとかがパソ通ネタ出しても大丈夫じゃないですか。」
「そう・・・よねぇ。」
「どっちにしても、この分だったら長続きするんじゃないですか?」

・・・と、かなえちゃん公認って感じなのよね。

「恵美子さんもGOTさんとうまく行ってるみたいだし、言う事なしですよね。」

本当にそうなのかなぁ、と私は思っていた。なぜって? だって、私がひろし君の事を好きになったのと、ほとんど同じシチュエーションなんだもん。確かに、パソコンとワープロ・寺町と日本橋って違いはある。でも、よくわからないハイテク機械を目の前にして真っ暗闇の中から手を差し伸べて、電気店街を案内してもらってモデムをプレゼントしてもらうなんて私と同じパターンじゃないの。うまく行くのはいいけど、あんまりにもうまく行きすぎるんじゃないかとふと思ったの。でも、かなえちゃんには言えなかった。

「そう言うかなえちゃんはどうなのよぉ。彼氏できたのぉ!」

私のこの言葉は、ちょっと強い調子になってしまった。言葉を掃き出した瞬間、私は、しまったと思った。かなえちゃんに彼氏ができたなんて話は聞いてない。と言う事は、未だ彼氏はいないはず。という事は、ひょっとしたらかなえちゃんにとっては当て付けに聞こえたかもしれない。

「ううん。」

かなえちゃんは、本当に平気な風に答えたの。

「私ね、本当に好きな相手ができるまでは別に彼氏なしでもいいと思ってるんですよ。恋愛って、結局は持久力の勝負ですからね。好きでもない相手に体力消耗するような恋するぐらいだったら、このまんまでいた方がいいと本気で思ってるんですよ。だから、彼氏がいなくったって別に平気なんですよ。」

この言葉、かなえちゃんと別れて喫茶店を出た後も私の頭の中を離れないの。私って意外と寂しがり屋さんだし臆病だし。ネットでシスオペさんなんてやってたら、そうは見えないかも知れないけど。本当は、傍に誰かがいないとダメってタイプ。ひろし君に出会う前って、確かこんなんじゃなかったのになぁってふと思ったの。

よくよく考えたら、おきよは幸せだと思う。だって、こんけいさんって関西の大学院しか受験しないって言ってるから、間違ってもひろし君みたく東京へ行ってしまうなんてことはない。しかも、おきよは大阪の会社に行く事になってるから、物理的に二人を引き離すものがないの。その点、私なんて寂しいもの。GOTさんの前なら少しは落ち着けるけど、やっぱりGOTさんはGOTさんで、ひろし君の代わりじゃないもの。もし私に新しい彼氏ができたら少しは何とかなるのかも知れないと思っては見た時もあったけど、やっぱりだめみたい。

こうして私は、まだ読まれていないひろし君宛のメールを読みながら、涙がこぼれていった。ひょっとしたら、後天性ひろし君に逢いたい症候群と言う病気がぶり返したのかなぁ。

二十四、

9月。もうちょっとで大学が始まる。普通の大学は卒業論文なんてのがあって、論文のテーマ決めてそろそろ調べようかなって感じなのかなぁ。私の大学は卒論を書かなくても卒業できるから、こんな時期でものんびりとしたもんですよ。

私はバイトしてないから、ひたすら朝寝を決め込んでる。で、時計が10時を回ったらごそごそと起きてぇ、ポットのお湯を注いでコーヒータイムなんて物を楽しんでる。電気ポット、この前買ったんだぁ。朝起きてすぐやかんにお水を注いでお湯を沸かすたったの5分がなぜか面倒臭くって。電気ポットの中にはいつもお湯が入ってて、空っぽになったらお水を足してるの。だから、朝起きてもすぐコーヒーにありつけるのね。

ふと気がついたら、なんか私って少しづつ不精になってるような気がする。ちょっと前だったらクーラーも寝る前にちゃんと切ってたのに、今では暑いし面倒臭いからずっとつけっぱなしにしているの。ホストマシン(特にハードディスク)は暑い所に置いたら駄目なんだよって理由を付けてね。今年の夏は、ホストマシン+24時間クーラー+電気ポットが増えたから、きっと電気代が凄いだろうなぁ。

ああ、暇だなぁ。普通、これだけ暇だと24時間ずっと彼氏に逢いたいなぁってことになるんだけどね。昨日、おきよと電話で喋ってだんだけど。

「もしもし、恵美子ぉ!」

・・・で始まって、

「昨日こんけいさんに怒られちゃったの。」

なんて話になったのね。どうしてって聞いたら、

「あのね。パソコンでレポート作るの難しいのねって話したのね。じゃあ今度遊びに行ったついでに見てあげるからってことになったの。んで、私の作品を見せたんだけど、怒られちゃったの。『Rotas 1-2-3で文章作るんじゃないよ』って。」

当然よ。Rotas 1-2-3って言うのは表計算ソフト。つまり、表の中に数字を埋めて行って計算させるためのソフトだもん。例えば、家計簿なんかを表計算ソフトで作るんだったらわかるけど、レポートみたいな文章だったら六太郎みたいなワープロソフトを使った方が作りやすいに決まってる。どうもおきよはソフトの使い分けができないらしい。

「ねぇ恵美子ぉどうしよう。こんけいさんまだ怒ってるかなぁ。」

だって。完全に痴話喧嘩モード。おきよは本気で心配しているのかもしれないけど、少なくとも私にはおのろけ話の延長線としか思えない。挙げ句の果てには、

「こんけいさんが、うちの子になってくれたら私も少しはパソコンうまくなるのになぁ。それに、ずっと逢えるんだし。」

などと馬鹿な事を言い始めたりする。そりゃあ確かに24時間恋人の隣にいれたらどんなに幸せだろうなぁと私も思う。でも、もしおきよにこんけいさんみたいなお兄さんか弟がいたとしたら、果たしてこんけいさんを好きになったのかと言うと非常に怪しいと私は思う。

・・・と、まあ暇な時間が出来上がってしまうとついこんな彼氏のそばにいたいなんてことを考えがちなのよね。でも、私はちょっと違うの。もちろん、GOTさんと言う彼氏はいるんだけど、24時間GOTさんのそばにいたいなんて私は思わない。私がおきよのような行動パターンに陥らない所を見ると、ひょっとしたら私はGOTさんのことなんて好きでもなんでもないんじゃないかなぁと思う。だったら、いっそGOTさんと別れて、GOTさんには一日でも早く新しい彼女を作ってもらった方が彼のためなんじゃないかなとさえ思う。私には他に好きな人がいる訳じゃないって言ったら、嘘になってしまう。ただ、その人というのはもう東京に行ってしまって、電話を掛けようにも電話番号がわからないし、メールを送っても読んでくれないしそれ以前にネットにアクセスしてくれないの。

これを私は、「いつもの病気」と呼んでるの。最近はこの「いつもの病気」がどんどんひどくなってきてて、もう本当にGOTさんと別れてしまおうなんて本気で考えてたりする。

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「お手紙」 (98/99) 93/09/08 00:05
タイトル:お願い
210bytes UVAN1:キューティー吉本学長 Command (?:説明 help):R

あのね、ちょっと大事な話があるから逢いたいんだけど、いつが

いいかなぁ。私は15日に大学が始まるから、それまでだったら

いつでもいいけど。

キューティー吉本
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・・・と言うメールをGOTさんに送った。メールって文字だけしか送らないんだけど、なぜか書いた人の気持ちが伝わってしまうものだと思う。だから、ひょっとしたら、GOTさんは私の胸の内に気がついているのかもしれない。もちろん、なぜそれがわかるのかって言うと、それはパソコン通信を真面目にやってる人じゃないとわからないと思うし、私だってうまく説明できない。例えば、もしもこれと同じ事を電話で話したとしたら、最初のうちはなんだか切り出せなくて、間が空いたかなぁって時にちょっと寂しいやら申し訳ないやらって感じの声で話すから、きっと誰でもわかると思う。でも、パソコン通信は、ただ文字が並んで出て来るだけ。でも、相手の顔が見えないし、声も聞こえないから意外と平気でこういうことが書けてしまう。だから、パソコン通信で喧嘩が絶えないのかも知れないなぁ。

二十五、

大学の2学期が始まったの。2ヶ月近く会ってないから、みんな喋りたい事をいっぱい溜めてる。しかも一番最初の授業が英会話で、夏休みに何をやっていたか英語で話しなさいなんてのが課題だったから、もう授業になんない。しまいには日本語まで飛び出したりね。

・・・と、ここまではどこの大学でもありがちなんだけど、うちの大学の場合は留学生が多いから大変。3回生の秋から1年間留学してた子が帰って来て、すっかり日本語を忘れて帰って来るから困る。

「これってマイクロウェーブであっためたらいいんよね?」

なんて聞かれたの。私、マイクロウェーブって単語を知らなかったから、

「はぁ!?」

って聞き返したの。そしたら・・・

「マイクロウェーブ・・・う、日本語が出てこない。ほら、マイクロウェーブでチーンってやってさぁ。」

・・・と、この一言で、マイクロウェーブと言うのはどうやら電子レンジの事らしいとわかったの。ま、私の英語の勉強不足が一番の原因なんだけどね。

もちろん、おきよも来てたよ。授業中は席が離れちゃったからあんまり喋らなかったけど。でも、学食でBランチを食べていたら隣の席にやって来て、

「恵美子ぉ! ここ空いてるぅ?」

なんて事を言いながら、両手で重そうに持ってるお盆をテーブルの上に置くんだから。

「キーボードって打つの大変よねぇ。なんで『ABC・・・』って順番になってないんだろ? ま、英語は26文字しかないからいいんだけどさぁ、カナを打つのが大変なのよね。キーボードの上の文字一生懸命探してさぁ、『あったあったぁ!』みたいな感じで。あれもなんで『あいうえお・・・』って並んでないのかなぁ。」

などと相変わらず馬鹿な事を言ってる。どうやらおきよは、ローマ字入力を知らないらしい。こんけいさん、一体おきよに何教えてるんだろうなぁと思っていたら、

「そう言えば、最近会ってないんだぁ。彼、大学院の受験があるからって。でも、今度遊びに行くの。受験勉強の夜食作ってあげようかなぁって。ねぇ恵美子ぉ、私に料理教えてよぉ! あんた一人暮らしだから色々と知ってるでしょ?」

などと言ってる。ま、GOTさんの話題が全然出なかったと言う事は、おきよはあのメールの事何も知らないらしい。こんけいさんと会ってないから、当然と言えば当然なんだけどね。
さてと、今日は何だか喋り疲れたな。ゆっくりとネットワーカーしようかなと思ったら、GOTさんからメールが来てたの。

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「お手紙」 (98/99) 93/09/15 12:01
タイトル:いいよ!
158bytes UVAN67:GOT Command (?:説明 help):R

ごめん、メールを読んだのが今日だったから、もう大学が始まってたね。

今度の日曜日(19日)でいいかなぁ。昼からだったら空いてるけど。

うんうん。そういう事で。

GOT
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・・・と、私はOKメールを出したの。

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「お手紙」 (100/100) 93/09/08 00:05
タイトル:いいよ
78bytes UVAN1:キューティー吉本学長 Command (?:説明 help):R

じゃあ、日曜日の昼の1時に、烏丸の駅で待ってるね。

キューティー吉本
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さて、問題はどういう理由をつけて別れようかって事。本当の事が言えるほど私は素直じゃないし、かと言って嘘は付きたくないし。私が考えているのは言い訳なんだよって自分に言い聞かせつつも、何かGOTさんに取って当たり障りのない言い訳はないものかなぁって私は4日間悩んだ。待ち合わせ場所の烏丸駅の改札前に立っていると言うのに、悩んでいたの。頭の中の整理がつかないまま、GOTさんが来て、取り敢えずサテンに行こうかって事になったのよね。GOTさんは、ひょっとしたら私がこれから何を話そうかわかっているのかもしれないけど、何も話しかけてくれない。

「ねぇ・・・9月になってからうちのネットにあんまりアクセスしてないみたいだけど、どうしたの? 何かあったの?」

って聞いたら・・・

「え? ああ、最近ちょっと仕事が忙しかったの。久しぶりにCの開発の仕事が見つかって、納期が今月の半ばだったんだよ。納期が短かったからできればやりたくなかったんだけど、この仕事のない時期だったからねぇ。」

って言ったの。世の中の男性と言うのは、忙しかった理由となると一番最初に出すのが仕事。私は、聞き返した。

「ほんと?」

この、「ほんと?」って言葉には、GOTさんを疑っている意味の「ほんと?」と言うよりは、何とかGOTさんのせいにして別れる方向に持って行きたいなぁと言う意味の「ほんと?」の方が強かった・・・と思う、今では。

「うん。」

・・・とGOTさん。きっと、この「うん。」って言葉には、英語で言うイエスって意味の他に、日頃あんまりこういう事を聞かないのに、恵美子はなぜ今日に限ってこういうことを聞くんだろうって言う意味が込められているんだと思う。

しばらく沈黙が流れた後、私は意を決したようにこう言ったの。

「実はね・・・別れたいなぁと思って。」
「やっぱりなぁ・・・。」

GOTさんは、寂しそうにこう言ったの。「やっぱりなぁ・・・」と思ったのは、GOTさんだけじゃない。私も、そう思っていた。

「でもまた、どうして?」

ほら来た。これは、私が未だまともな説明のできない、それでいて絶対に聞かれるだろうと思っていた質問だった。しかも、これを平気そうでいて平気じゃないよと言わんばかりの口ぶりで聞かれると、平気じゃないのはむしろ私の方だった。

「他に好きな人ができたの?」

私は暫く黙っていた。でも、いつまでも黙っている訳には行かないから、こう答えたの。

「・・・もうちょっと私と年が近い人がいいなぁと思ったの。いつもの恵美子の病気なんだけどね。」

GOTさんはひろし君の事を知ってるから、ひょっとしたらこの答えに隠された本当の意味がわかったのかも知れない。

「僕がもし恵美子ちゃんと同い年だったら、だめかな?」

・・・と言われると、何も言い返す事ができない私。私は、むしろ辛そうな顔をしてじっとうつむいていた。

「そりゃあ、もし恵美子ちゃんに別の彼氏ができて、僕よりもその彼の方がいいって言うんだったら僕も涙をのむけど。でも、そうじゃないんだったらさぁ・・・もう一度やり直してもいいんじゃないかなぁ。別れるのが辛いのに、無理して別れることもないと思うよ。」

私は、しばらく考えた。考えて、私は首を縦に振ったの。ゆっくりと。

「うん。じゃあ今日はカラオケ行こうよ。恵美子ちゃん歌がうまいってみんな言ってたし、僕もいっぺん聞いてみたいからさぁ。」

この時、私の心の中は、後悔よりも楽になったと言う気持ちの方が強かった。本当にそう思ってる。

二十六、

10月。とうとう私は重い腰を上げてバイトに頑張る羽目になったの。最近物凄くなった電話代(あ、これは相変わらずって言った方が早いかな?)と、電気代。しかも、最近は144のモデムを使いたいって言う人が多いのよ。いっちょんちょんのモデムって言うのはすごく速いモデムの事で、文字なんかを送るスピード(ボーレートって言うんだけど)が14400BPSだからこう呼んでるんだけどね。もちろん、144のモデムって言うのはホストと端末と両方についてないと意味がないから、ホストに付けて欲しいってみんなうるさいことうるさいこと。ったく誰がお金出すんだよぉって思うんだけど、やっぱり欲しいからバイト頑張ってお金を貯めてモデム買うんだけどね。

そんな訳で、最近はもうくたくた。帰ったらもうばたんきゅうでパソ通したい気分にもなれないの。自分のネット以外のネットには全然行ってないし、ひょっとしたら全然使ってないから消されたIDが結構あるんじゃないかなぁ。ネットのみんなには心の中で、

「ごめんねごめんねぇ、全然RES書けなくて。頑張ってお金たまったら144のモデムに入れ替えるからねぇ・・・。」

っていつもつぶやいているんだけどね。

あ、そうそう、この前バイトから帰って来たら、ホストマシンが私を呼んでるの。と言っても、いくらRES書いてないからと言ってホストマシンがのこのこ歩いて私を呼ぶ訳じゃないし、ホストマシンが「RES書いてよぉ!」って悲鳴にも似た叫び声で私を呼ぶ夢を見た訳じゃないのよね。つまり、誰かがチャットに入ってて、シスオペを呼び出すの。呼ばれて誰かなと思ったら、こんけいさんだったのね。

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「Q」で、メニュー・コマンドに戻ります。「?」で説明が出ます。 Type "Q" then quit.
Chat (?:説明 help):
(こんけい)おお! 文字が出てるぅ!
Chat (?:説明 help):
(こんけい)ねぇ恵美子ぉ! 聞こえるぅ!
Chat (?:説明 help):
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明らかに様子がおかしい。もちろん、こんけいさんは私のことを恵美子って呼ばないってこともあるんだけどね。こんけいさんにしては、反応がにぶい。これだけのことを書くだけで、結構な時間がかかってる。もし本物のこんけいさんだったら、もっとパッパッパッとキーを叩くはず。

でも、その答えはすぐにわかった。

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Chat (?:説明 help):
(こんけい)おきよだよ! 今こんけいさんの所に遊びに来てるの。
Chat (?:説明 help):
---------------------------------------

やっぱり・・・

つまり、おきよがこんけいさんのIDを借りて、うちのネットにアクセスして来たのね。ごく知り合い、例えば兄弟とか近所同士なんかでは、ままあるみたい。でも、本当はダメなんだけどね。だって、もしこんけいさんのIDを借りて他の人がアクセスしたとするじゃない。それで、ボードとかチャットとかで人の悪口を散々言いまくったとしても、他の人から見ればこんけいさんの仕業に見える訳でしょ。例え本人が何も知らなかったとしても。他にも、例えばHuckさんがGOTさんのID借りて、チャットで「ねぇねぇ、Huckのことどう思う?」なんて聞かれたとしたら、聞かれた方からすれば話し相手がGOTさんだって思うから、Huckさんに聞かれたくない事を言ってしまうかも知れないじゃない。それは、ひょっとしたらHuckさんがもし聞いたら気を悪くするようなことかも知れない。IDの貸し借りは、こう言うネットに散々ゴミを巻き散らして行く人間を増やす原因にもなりかねないから、やっぱりルール違反!

ひろし君がパソ通指導してくれた時はボードから教えてくれたんだけど、こんけいさんの場合は違ったみたい。チャットが大好きなこんけいさんらしいと言えばらしいんだけどね。

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Chat (?:説明 help):なあんだ、おきよかぁ。今何やってるんだよぉ!
(キューティー吉本学長)なあんだ、おきよかぁ。今何やってるんだよぉ!
Chat (?:説明 help):
(こんけい)←この人は、いま勉強中。モデムってどうやって使うのか教えてもらってたの。
Chat (?:説明 help):へぇ、少しは覚えられた?
(キューティー吉本学長)へぇ、少しは覚えられた?
Chat (?:説明 help):
(こんけい)うん。でも、なんでこんけいさんとかGOTさんとかが恵美子のことを学長って呼んでたかわかったよ!
Chat (?:説明 help):へっへっへ・・・
(キューティー吉本学長)へっへっへ・・・
Chat (?:説明 help):
(こんけい)そうかぁ。恵美子はこうやって男狩りをやってたのかぁ。
Chat (?:説明 help):ちょっとぉ! 人聞きの悪い事言わないでよぉ!
(キューティー吉本学長)ちょっとぉ! 人聞きの悪い事言わないでよぉ!
Chat (?:説明 help):
(こんけい)事実じゃないの
Chat (?:説明 help):道代じゃないんだからぁ。
(キューティー吉本学長)道代じゃないんだからぁ。
Chat (?:説明 help):
(こんけい)へぇ、道代もやってたのかぁ。
Chat (?:説明 help):
(こんけい)(本人)道代って誰?
Chat (?:説明 help):うちの大学にそういう名前のとんでもないやつがいるのよ。
(キューティー吉本学長)うちの大学にそういう名前のとんでもないやつがいるのよ。
Chat (?:説明 help):
(こんけい)(本人)へぇ・・・
Chat (?:説明 help):ったく、あっちこっちのネットでいい男探し回っては色々とよからぬことをやってんだからぁ。
(キューティー吉本学長)ったく、あっちこっちのネットでいい男探し回っては色々とよからぬことをやってんだからぁ。
Chat (?:説明 help):
(こんけい)恵美子もあんなのに彼氏取られないように頑張んなさいよ!
Chat (?:説明 help):その言葉、そっくりそのまんまあんたに返したげるわよ
(キューティー吉本学長)その言葉、そっくりそのまんまあんたに返したげるわよ
Chat (?:説明 help):
(こんけい)恵美子ったらもう!
Chat (?:説明 help):
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などと、差し障りのありそうな事ばっかり喋ってたのよね。私、誰か他の人がログインして来ないかと気が気じゃなかったけどね。

二十七、

「そう言えば、道代って見掛けないねぇ。本当に卒業する気あるのかなぁ。」

おきよも、こんなことを言っていた。

こんなことを考えているのは、おきよだけじゃない。うちのクラスの子は、みんな言っている。正直な所、私もそう思ってる。ただ、どうせ本人に言った所で聞く訳はなさそうだし、第一顔を見せないんだから言い様もない。と言ってわざわざ電話を掛けたりして呼びだそうなんてことは誰も考えないし。ま、もともと大学にはあんまり、と言うよりほとんど顔を出さない子なんだからあれこれ心配するより留年の憂き目にあった方がいいんだわ、みたいな感じで。要は、気になっていない人はうちのクラスにいないんだけど、気になって何か行動を起こそうとする人もクラスの中に誰一人いないのよね。

おきよも、まさにその一人。どうやら今年になってから道代がほとんど顔を見せなかったから、どうもおかしいなぁと気にはなってたみたい。

「それにしても、あの時って凄かったよねぇ。ほら、道代が見違えてやって来た時があったじゃない。私、あれが道代だってわかんなかったわよ。私、道代に絶対何かあったんじゃないかって思ってたけど、なぜなのかわかって来たような気がするなぁ。パソ通始めてから。恵美子だって似たような事やってんじゃないのぉ!?」

別に私はパソ通で男を見つけようなんて考えた事なんてなかったし、まして男狩りなんてパソ通でなくてもしたいと思わないし。ただ、道代が現実にやっている以上、「パソ通=男狩りの道具」と言うレッテルが張られてもしょうがないとは思う。ただ、そこを敢えて言わせてもらえば、世の中でクローズアップされるのは、大抵異常な物なのよね。例えば、私もパソコン通信なんて知らなかった頃って言うのは、「パソコン通信=パソコンを使って電話する」でしか知らなかった。でも、頭の中には「パソコン=根暗な人が使う・オタッキー・よくわかんない」なんてイメージがあったから、その2つの式を足して「パソコン通信=根暗な人が電話を使ってよくわかんないけどオタッキーな事をする」という式が頭の中に出来上がってしまうのよね。

ま、そんなことは置いといて、あんまりにも心配だから道代の部屋に電話してみる事にしたの。道代が卒業できなかったら私がどうなるって訳じゃなくて、半分興味本位って言うのかな? 一体何をやってるのかなと思って。私は、ひょっとしたら思いっきり長電話になるかも知れないと、コーヒーを片手に電話番号をダイヤルした。

「はい、田原です。只今外出していますので・・・」

留守か。ま、ひょっとしたら散々男遊びしてんじゃないかなぁ。なんて考えながら、取り敢えずメッセージを残す事にした。

「もしもし道代ぉ、恵美子だけど・・・」
「あ、恵美子ぉ!」

道代の生の声だった。居留守番電話してたらしい。

「なあんだ居るんじゃないの。居るなら居るで、ちゃんと電話に出てよぉ! 居留守番電話じゃないんだからさぁ。」
「うん、わかってはいるんだけどね。」

ひょっとしたら、大学生活がルーズになってる道代のことだから、生活までルーズになったのかも知れないなぁなんて思ってたりする。
「ねぇ、大学に行かないの。みんな心配してるわよ。ちゃんと卒業できるのかなぁなんて。」
「失礼ねぇ。ちゃんと大学に行ってるわよ。」
「ほんとぉ!?」
「1ヶ月に1回ぐらいだけどね。」
「あのねぇ、それはちゃんと行ってる事にならないの。」
「そうかなぁ・・・」
「そうかなぁ・・・って。もう来週から11月になるんだし、真面目に大学に行くのよ。いいわね?」
「ねぇ、恵美子ぉ。2ヶ月分のノートのコピーちょうだい!」
「これからちゃんと大学に行ったら、試験前にあげるわよ。どうせ今あげたってなくすだけじゃない。」
「それもそうね。あんたも私の性格よくわかってんじゃない。」
「そりゃあ・・・まあね。あ、そうそう、来週の日曜日だけど遊びに行ってもいいかなぁ。たまたまバイト休みなんだけど。」

道代は、しばらく考えていた。

「もしもし、道代聞いてるぅ?」
「そうねぇ・・・」

受話器からは、ピッピッピッと言う電子音が聞こえたの。どうやら電子手帳かなんかを見てるみたい。

「ここ来たって、何もないわよ。」
「何もなくたっていいからさぁ、遊びに行ってもいい?」
「うーん・・・、まあ好きにしたら?」
「好きにしたらって、なんか遊びに行ったらまずいの?」
「まずいわけじゃないんだけど・・・」

こういう、「・・・というわけじゃない」なんて言葉が出て来たら、大抵はその通りなのよね。とすると、私が遊びに行ったら、何かまずいのかしら?

「まあ・・・いいわよ。」
「ほんと、じゃ遊びに行くわね。」
「うん。」

と言って、電話を切ったけど。

「どうせ男と同棲でもしてるんじゃないのぉ? 道代だったらやりかねないじゃない。」

次の日、昼休みにBランチを食べながら、おきよに昨日道代のところへ電話した話をしたら、こんなことを言ったの。
「そうねぇ・・・」
「そこまでは行かなくても、例えばその時に道代の横に男がいたとか。」
「そんな様子もなかったなぁ。」
「じゃあ、なぜかしら?」
「わかんない。ねぇ、それよりもさぁ。おきよも一緒に行かない? 道代の所へ遊びに。」
「うーん。」

おきよは、ミックスピザを食べながら、しばらく考えていたの。

「遠慮しとくわ。だって、深入りしたらなんかやばそうじゃない。」
「そりゃあ・・ま、そうだけど・・・。」
「恵美子ぉ、悪い事は言わないからさぁ、行かない方がいいと思うよ。もし道代の部屋で乱交パーティーやってたら、これ幸いと恵美子も引っ張られちゃうわよ。」
「何馬鹿な事言ってるのよぉ!」
「だって、道代だったらやりかねないじゃない。」
「ま、私も用心して行くわよ。」
「そうね。気を付けなさいよ。」

なんて話をしていた。確かに、道代の部屋に行くって言うのは危険な香りがするんだけど、どちらかと言うと道代が何をしているのか知りたいと言う興味の方が勝っていたのね。もっとも、本当に乱交パーティーなんてやってたら、みんなひっぱたいてさっさと帰るけどね。

二十八、

11月。久しぶりに会おうと、道代の部屋に遊びに行く。

「そんなことより、GOTさんのこと真剣に考えたらどうなのよ。最近メール出してもなかなか会ってくれないって嘆いてるらしいわよ。」

なんて、おきよが変な事を心配してくれたりする。

「そこまで生活が乱れたら、何をしたって元には戻らないんじゃないですか。恵美子さんが気を使う必要なんてないと思いますよ。そりゃあ、恵美子さんの大の親友だったら話は別ですけど、どう考えたって道代さんは恵美子さんを利用する事しか頭の中にないとしか思えませんよ。」

・・・と、かなえちゃんまで言ってくれたりする。そりゃあ確かに私が出て行った所で道代がどうなるとも思えないし、それならば私が骨を折る必要なんてないとは思う。けど、もし戻れるものだったら戻って欲しい。大学に全然顔を見せないで卒業できるのか気をもむぐらいだったら、卒業するならするで真面目に勉強して、諦めるなら諦めるで責めて私にだけはそう言って欲しい。要は、一応私の親友なんだから、何を考えているかだけははっきりとして欲しいのよね。
なんて考えながら、道代のアパートの脇にある狭い路地を歩いていた。すると、道代の部屋のドアの前に何やら人影が見えたの。最初は、同じアパートに住んでいる人なのかなぁと思った。でも、様子がおかしいの。何やら道代の部屋の様子をうかがっているらしい。何か見えるとは思えないけど、ドアについている覗き窓を外から覗いて見たり、新聞受けの口を開けて中をうかがったり。しまいには、ドアのある方角とは反対側の窓がある方から道代の部屋の方向を眺めていたり。こんなことを、10分も20分も続けているの。明らかにおかしいと思った私は、落ち着かない風に部屋の中を覗き込んでいるその背後から、

「あのぅ、どうかしましたか?」

と、声をかけてみた。その男性は何も言わないで、一目散にドアの前から去って行った。道代の部屋のドアには、表札が掛かっていない。それでいて、新聞受けには何日前のかよくわかんないような新聞とか、いつ来たかわかんないような手紙、電気・ガスの検針票まで乱雑に入っている。更に、道代には約束して来ていると言うのに、何となく人っ気がない。もしや道代は部屋の中で首でも吊ったのかと思って私はどきどきした。でも、ここは落ち着いて落ち着いてと心の中に言い聞かせながら道代の部屋のベルを鳴らす。返事がない。しばらくして、もう一度鳴らしてみる。やっぱり返事がない。私は、ドアを叩いて、

「道代ぉ! 恵美子だよ。居るのぉ?!」

と声を掛けてみた。やっぱり返事がない。

「道代ぉ! 居るんだったら開けてよぉ! さっき変な男がいたけど、もうどっか行っちゃったからさぁ。」

と、私は声を掛けた。扉が開いた。何か、様子をうかがうかのようにゆっくりと。道代が出て来た。何か辺りをきょろきょろ見て、

「あ、恵美子。さ、入って。」

と、声を殺して私を中に通してくれた。道代は、私を通してすぐさま部屋の鍵を閉め、おまけにチェーンまでしっかりと閉めた。どうにも物々しい。

道代の物々しい態度とは裏腹に、部屋の中は意外と片付いていた。部屋はワンルームで、玄関から洋室への通路が台所になっていた。台所は、食器一つないきれいな物だった。ひょっとしたら、道代は炊事と言う物をやっていないのかもしれない。そして、洋室の床にはブラウンのカーペットが敷いてあった。その上に、ほこり一つない家具調こたつに低いベッドが置いてあった。ただ、天気のいい昼間だと言うのに窓にはカーテンが閉めてあって、明かりをつけないと薄暗いんじゃないかと思うぐらいだった。

「ま、お茶でも入れるわね。」

と、グラスに注いでくれたお茶が、冷蔵庫から取り出したペットボトル入りのウーロン茶だったのが道代らしいと言えば道代らしい。

「へぇ~、結構きれいに使ってるんだぁ。」

と、私は感心したような声をあげた。

「そりゃあ私だって女の子だもん。男が遊びに来て汚い部屋だったらみっともないじゃない。」
「みっともないって、男の子がしょっちゅう遊びに来るの?」

私がそう聞いたら、道代は黙り込んだ。と言っても、私いかにも反省してますって感じの黙り方じゃなくて、何か含みのあるような黙り方だったの。

「それはそうと、なんか随分物々しいじゃないの。それに、なんか怪しい男が部屋の様子をうかがってたけど、道代なんかやったの?」

道代は、ちょっと言いにくそうながらも事情を話してくれた。話せば長くなっちゃうけど、要はこういうこと。

つまり、道代がいつもの悪いくせを出して、チャットしている内にその男を見つけ、部屋に呼んでエッチしたんだって。何度も会ったり、道代の部屋に連れ込んだりしている内に、道代は他の男を見つけたのだと言う。

「その男がまたかっこいいのよぉ。」

と、私は延々とその今の彼氏ののろけ話を聞かされたけど。ま、そんなことはいいとして。で、始末に困ったのはそのチャットで見つけた男。ちゃんと別れ話をしてきっぱりと別れちゃえば事は丸く収まりそうなもんなんだけど、道代はそれをやらなかった。メールが来ても、返事を書かない。電話が鳴っても居留守番電話を使う。部屋に押し掛けたら居留守を使う。

「あれだけ新聞とかはがきとかが新聞受けに入ってたら、もうこの部屋にはいないもんだと諦めるかなと思ったけど、結構しぶといのよぉ。もう2週間近く続くんだけどね。」

・・・と、当の道代も反省するどころか、私が悪いんじゃないわよみたいなことを言い出すから困る。

「あの男が悪いのよ。一度しただけで、私のこと自分の女だなんて勘違いしてるんだからぁ。私はそんな甘い女じゃないわよ~ん。」

挙げ句の果てには、こんなことを言っている。もう呆れたなんてもんじゃないわよ。そうこう話している内に部屋の中でピーピーピーと音が鳴った。道代のポケットベルだった。
「これって便利なのよぉ。このディスプレイに電話番号が出て来てさぁ。後、誰が掛けて来たかわかるように頭にその人の番号を打ってもらうの。さっき話してた彼からだわ。」

なんて言いながら、道代は部屋の電話の受話器を取って、いそいそとダイヤルを始めた。どう考えても、道代は留守番電話を本来の使い方してるとは思えない。そんなことを言っているうちに、道代は何やらお風呂場の中へと逃げ込んで、話し込み始めた。話の内容は聞こえなかったけど、お風呂場から

「うふふ~ん」

なんて言葉で置き換えてもいいぐらい浮かれた感じの声だけが聞こえて来た。

「彼からだったわ。近くに来てるから遊びにおいでよだって。私、出掛けるけど、恵美子どうするぅ?」

なんて事を言い出したので、私は本来の目的を果たさないまま帰る事にした。ま、あの調子じゃ道代の答えなんて聞くまでもないけどね。

二十九、

11月も終わりに近づいた頃。私の元に、1通の手紙が届いたの。え? また新しい彼氏でもできたのかって? ううん。そうじゃないの。

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平成5年11月
BBS担当者 各位
電脳出版株式会社
月刊パソ通編集部

「パソコン通信ホスト局電話帳」ご協力のお願い

拝啓 貴殿益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、弊社におきましては5年間に渡って全国のBBSの担当者様のご協力を賜り
まして、「パソコン通信ホスト局電話帳」を発行させて頂きました。そして、今回
94年3月発刊予定の「パソコン通信ホスト局電話帳」の編集時期が参りました。
つきましては、あなた様のホスト局も掲載させて頂きたく、原稿記入用紙と今年度
分掲載ページのコピーを同封させて頂きました。ご多忙の所誠に恐縮ではあります
が、原稿記入用紙にご記入の上、12月31日必着にてご返送頂きますようお願い
致します。
今後とも、弊社出版誌をよろしくお願い申し上げます。

敬具
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・・・というお手紙なんだけどね。

「パソコン通信ホスト局電話帳」・・・ああ、あれかぁって思ったのは、この手紙を読んでしばらくしてから。なぜって、去年の今頃(あ、もうちょっと前だったかな)は、この電話帳のお世話になったんです。ひろし君のネット(当時はね)以外にどっか面白そうなネットがあるんじゃないかって、この電話帳を片手に散々ID取りまくってたっけ。その結果、私は電話代で破産しそうになったけど。

それにしても、なんでこんなものが届いたのかなぁと思ってた。でも、それは一緒に封筒の中に入っていた1枚のコピーで、理由が思い付いたの。

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U-bahn

長い間京都府宇治市で運営して参りましたが、この3月を持ちまして移転致しま
す。アクセスして頂いた皆様、本当にありがとうございました。移転先が決まりま
したら、この場をお借りしましてお知らせ致します。

B B S メ ー ル チャット ライブラリ ゲ ー ム データベース

○ ○ ○ ○ ○ ○

電話番号 ボーレート プロトコル 回線数 運用時間
0774-33-6393 2400 MNP5 2回線 24時間

ゲスト利用について 通信制御手順について
ゲスト利用 可 漢字コード シフトJIS
ゲストID 0 ボーレート 300/1200/2400
パスワード なし 通信方式 全二重
利用制限 原則として、ID申込のみ データビット長 8ビット

パリティ・チェック なし
入会方法について ストップビット長 1ビット
会員資格 特になし Xフロー制御 あり
入 会 金 無料 Sシフト制御 なし
会 費 無料
入会方法 オンラインサインアップ

運営者
住所 〒611 京都府宇治市木幡北畠15
運営者(部署)名 西岡 宏志
連絡先電話番号 0774-32-4291
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やっぱり、覚えていてくれたんだぁ。

そう。ひろし君が「パソコン通信ホスト局電話帳」の編集部の人に、私の住所とか名前とかを手紙で知らせてくれたんだ。東京へ行ってから連絡はくれないけど、私の事を覚えてくれただけでも嬉しかったの。それに、このコピーに書いてある住所と電話番号が懐かしくて・・・。私、涙が止まらなかった。

ちょうど1年前の今日、私が初めて手にした「パソコン通信ホスト局電話帳」のコピーが、こんな風にひろし君の手元に届いたんだと思う。今から思えば、あの頃が一番楽しかったな。パソコン通信(あ、当時私はワープロ君で通信してたから、ワープロ通信かな?)にもちょっと慣れて来て、ひろし君のネット以外に面白そうなネットがないかなと探し求めていたあの頃。

あの頃、たまたま本屋さんで「パソコン通信ホスト局電話帳」を見つけて、これだって思って買ってみた。本当はもうちょっと前の話になるんだけど、私この「パソコン通信ホスト局電話帳」に色々と面白そうなネットが載ってても、書いてある用語の意味がわからなかったのよね。プロトコルとか何とか言うのがね。あの頃って色々な設定うんぬんって言うのはひろし君にみんな任せていたから、私は全然知らなかったの。だから、ひろし君に電話で設定の仕方を聞いてみたんだけど・・・

「ああ、あれねぇ。俺が設定した通りで大抵は大丈夫だよ。ただ、電話番号だけ変えればいいんだ。」

って言われてぇ、その受話器置いて、言われた通りにやってみたら・・・

「はい、○○です。」

なんて人の声がしたの。本当ならごめんなさいって謝らないといけないんだけど、訳がわかんなかったから、そのまま切っちゃった。で、同じページにもう一つ電話番号が書いてあって、そっちにダイヤルしたのね。そしたら、

「ピーーーッ」

って音がしたの。やったぁ! 今度はホストにつながったぞって思ったのはほんの一瞬。今度は、そこから何をしたら通信できるのかわかんなかったのね。だから、またそのまま電話を切っちゃった。

「馬鹿かお前は。本当にホスト局に電話してどうするんだよ。ま、今度会った時にちゃんと設定してあげるから、おとなしく待っててよ。」

なんてひろし君には笑われるし。

ああ、もし戻れるんなら、1年前に戻りたい。1年前に。こんなことを考えてたら、また涙が止まらない。

「でもねぇ、恵美子さん。それってひょっとしたら、恵美子さんがシスオペになった直後に手紙出したかも知れませんよ。」

って、かなえちゃんが言ったの。

「だって、締切って年内でしょ? それって恵美子さんがシスオペしようって決心した頃じゃないですか。」
「でもぉ、もしそうだったとしたら、このコピー自体がないんじゃないかしら。」
「ないって?」
「だって、確かに去年の今頃には私がシスオペするって決まってたから、それだったら私の住所と電話番号を載せるはずだと思うんだけどな、ひろし君のことだから。」
「でも、今のネットの電話番号が決まったのは年が明けてからじゃないですか。」
「そりゃあ・・まあ。」
「それに、ひろしさんがこの原稿を送ってから東京へ行くまでの間に、恵美子さんの住所を編集部に知らせたかもしれませんしね。ま、恵美子さん考え過ぎですよ。考えたってどうなるってもんでもないじゃないですか。」

・・・と、かなえちゃんに言われる度、ひっこみがつかなくなってしまう。かなえちゃんの話を聞く度、それを否定する言葉ばかりを考えようとしてしまうの。これって私がどうかしてるのかしら。それとも・・・。

三十、

12月。町の至る所でクリスマスキャロルが流れて、その前をいつもよりも早く感じられるスピードで人が歩いている。別に私は忙しい訳じゃないけど、周りの雰囲気に流されるのか、忙しいように感じられる。

こういう時ってなぜか、ぼんやりしている人がいつになく目立ってしまう。大学帰りにふと立ち寄ったデパートの前。私と同い年ぐらいの女の子が、何やらそわそわしながら、駅の方を眺めている。そのデパートは駅のすぐ傍にあって、正面の玄関からは1ヶ所しかない改札口がはっきりと見えるの。その女の子は淡いピンク色のスーツ姿で、その前を通り過ぎて行く人達とは、どう考えても似合わない。ここは郊外のデパートだから、ほとんど買物客は40代過ぎのおばさん。それも、12月になったら歳末バーゲンとかで、私だったら持ち切れないぐらいの買い物袋をいくつも下げて、自転車置き場へといそいそ出掛けて行く。ひょっとしたら私も、普段だったらこの女の子を見過ごしてしまうかも知れない。でも、この季節が味方しているのか、なぜか目を引いてしまう。もう何分経ったのかしら。改札口と、そのすぐ横にある時計だけを気にしているけど。

部屋に帰った私は、やっぱりクリスマスツリーが頭の中に残っていた。そして、あのピンクのスーツ姿の女の子が忘れられなかった。その子の行方が気になりつつも、帰ってしまった私。ひょっとしたら、待つ人が来なくて、今頃辛い時間を過ごしてはいないか、他人事ながら気になってしまう。それはひょっとしたら、とある人にメールを送って、読んでもらえるのを待っていることしか出来ない私と、イメージがダブってしまうのかもしれない。

「また、いつもの病気かなぁ。」

私は、ふとつぶやいた。
私はここ2~3日、こんなことばかり考えていたりする。私、ずっと待たされているような気がする。待っている相手は、いつ来るかわからない。ううん、来ないかもしれない。それでも、私は待っている。夜空にきらめく星の中から流れ星を見つけるより、確立は低いかもしれないけど。

ここ1ヶ月、GOTさんとも逢っていない。逢いたいとも思わないし、最近は逢いたくないとも思えて来ている。

「それってもしかして、GOTさんを好きになる事を恐れているんじゃないですか?」

この前サテンでかなえちゃんと喋っていて、こんなことを言っていた。私は今どうすればいいのかわからなくなって、相談に乗ってもらったの。

「そうじゃなかったら、GOTさんに嫌われるのが怖いとか・・・。」
「うーん。好かれたくないとは思ってないし、かと言って嫌われたくないとは思ってないし・・・」
「じゃあ、なぜなんでしょうねぇ。」
「何て言うのかなぁ。私の知らない所で結論が決まって行くって言うのかなぁ。それが怖いなって言うのはあるのよね。」
「そういう時って・・・ありますよね。」

かなえちゃんは、なぜか意を決したような顔をしてこんなことを話した。

「あれは、私が今の会社に入社したての頃だったんですけどね。結構しつこく、付き合ってくれ、って声掛けて来た人がいたんですよ。」
「へぇ、かなえちゃんも、そういうことがあったんだ。」
「うん。ちょっと二枚目で感じで、それでいて真面目で面白そうな人だったんですけどね。でも、余裕がなかったって言うのかなぁ。あの頃は新入社員もいいとこで、毎日仕事を覚えるだけで精一杯でしたからね。朝早く起きて、慣れないラッシュアワーで会社に着く前からへとへとに疲れて、自分で自分が何をしているのかもわからないぐらい仕事に追われてたんですよ。」
「ふーん。」
「恵美子さんはまだ大学生だからピンと来ないかもしれませんけど、社会人って大変なんですよ。アルバイトとは違って。あの頃は、事ある度に先輩に思いっきり怒られて、やれ電話の応対が悪いだの、やれFAX1枚送るのにどれだけ時間掛けてんだだの、何か事を始める度先輩に怒られていたんですよ。あんまり人に言える事じゃないんですけど、家に帰ってから泣いてた時もありましたよ。なぜ私はこんなに怒られなきゃいけないんだみたいな感じでね。まあ、そこまで行かなかった日もあったけど、やっぱり家に帰ったらくたくたで何をする気も起こらないし。土・日も動きたくないみたいな感じで。だから、もし付き合い始めたとしても、うまく行くって言う自信がなかったんですよ。だから、あの人に付き合ってって言われても、もうちょっと待ってって言い続けてたんですよ。」
「で、結局はどうなったの?」
「で、ふと自分に時間ができた時、好きになったのは別の人でした。同じ会社の先輩だったんですよ。あっさり振られましたけどね。」
「え~、じゃああれだけ声掛けてた彼は、どうなったのぉ?」
「あれだけ色々と声を掛けてた彼は、私が答えを出す前に私に見向きもしなくなったんですよ。きっと他に彼女が出来たんでしょうねぇ。あの時はなぜって思ったけど、今となっては本当に好きだったのかなぁって感じですよね。」

意を決した様だったかなえちゃんの顔は、いつの間にか懐かしそうな顔になっていたの。

「恵美子さん、男性って結論を急ぐ所があるんですよ。いらいらと時間を費やしてOKの返事をもらうぐらいだったら、さっさと振られたほうがましみたいなところがあるんですよ。私思うんですけど、もし恵美子さんが煮え切らないんだったら、GOTさんとは一旦友達に戻してもいいんじゃないかって思うんですよ。」

私の正直な気持ちは、なんかかなえちゃんらしくない返事だなぁって思ったの。ちょっと前までは、あれだけGOTさんを推してたのに。きっと今度ももっと頑張れみたいなことを言われるんじゃないかって思ってた。けど、かなえちゃんの答えは違った。私は一言、

「なぜ?」

って聞いて見た。

「なぜって?」

ってかなえちゃん逆に私に聞いた。

「だって、ちょっと前まではあれだけGOTさんのことを・・・」

・・・と私が言いかけた途端、かなえちゃんが遮った。

「GOTさんのことを心配するぐらいだったら、自分の事を心配するべきなんじゃないですか?」

このかなえちゃんの言葉があまりにも冷ややかで、私は思わず黙り込んでしまった。

「そりゃあ確かにGOTさんとうまく行くのが一番理想的ですよ。でもね、それにはGOTさんも恵美子さんもそれで納得しているって言う条件が付くんですよ。もしも、どちらかが納得行かないのならば、それは一番寂しい結果でもあるんですよ。恵美子さん、GOTさんのためにも早く自分で納得の行く結論を出してあげて下さいね。」

次の日大学へ行っても、昨日のかなえちゃんの言葉が頭を離れなかった。「自分で納得の行く結論を出す」と言う言葉は、「付き合うつもりがあるならば付き合う、ないのならばさっさとGOTさんと別れなさい」と言う意味である事は簡単にわかった。でも、私はその結論が出せずに、国際関係論の授業なんて上の空だった。教授の声は、私の頭の中を通過して行く一方だった。私は、大きな溜め息をついて、右ひじを机に置いてあごを支えた。それからしばらくして、視線を教室の後ろの扉に移した。扉のすぐ横には、おきよが座っていた。私に合図を送っている。私は、教授に見つからないようにこっそりとテキストをカバンに入れて、すっとかがみ込んで、足音を立てないよう静かに教室を抜け出した。

「おきよぉ!」
「しっ!」

おきよは、人差し指を唇に当てて、私に静かにするよう合図を送った。そして、手招きして、学食へと私を連れて行った。昼ご飯時を越えた授業中の学食は、ひっそりとしていた。私は、なぜかそれをはっきりと覚えている。

「恵美子ぉ! 話があるんだけど。」

おきよは、すっかり安心した様子で元気そうな声を出した。

「話ってぇ? 嫌よぉ、またフロッピーのバックアップ取ってなんて。」
「違う違う!」

おきよは、首と右手を大きく振った。

「恵美子ぉ、24日暇してるぅ?」
「暇って? ・・・うん、まあ時間はあるけど?」
「ねえねえ、東京ディスニーランド行かない?」
「東京ディズニーランドぉ!?」

私は、おきよ以上に大きな声をあげた。

「うん。23日の夜にドリーム号に乗って東京まで行ってぇ、一日ディズニーランドで遊んでぇ、夜にまたドリーム号で戻るの。」
「なんか随分ハードじゃない?」
「何だったら、帰りは新幹線でもいいし、どっかで一泊してもいいよ。あ、そうしよう。東京で一泊して次の日は新幹線で帰る事にしよう。ねぇ、行こうよぉ、恵美子ぉ!」

・・・と、おきよはいつもの甘い声で私を誘った。

「そうねぇ・・・」

やっぱりやめとこうよと言おうとした瞬間、おきよが威勢のいい声でこう言ったの。

「はいっ、決定! んじゃあ、切符取っておくね。」
「ちょっ、ちょっと待ってよぉ!」
「どうしたの?」

おきよは、白々しくこう聞いた。

「どうしたのじゃないわよぉ! 私まだ何にも言ってないわよぉ! それに、なんで24日なのよぉ!」
「24日って都合が悪いのぉ?」
「いや、そうじゃなくて、24日って事は、クリスマスイブじゃないのよぉ。」
「そうだよ。」
「クリスマスイブに東京ディズニーランドなんて行ったら、彼・彼女連ればっかりじゃないのよぉ。何もすき好んでそんな時に女二人で東京ディズニーランドなんて行かなくったっていいじゃないのよぉ。」
「わかってないなぁ、恵美子も。」
「何がぁ?」
「こんけいさんとGOTさんも誘うに決まってるじゃないの。もう二人ともOKもらってるから、後は恵美子だけだったの。じゃ決定ね。」

・・・と、おきよはさっさと席を立ったかと思うと、学食の出口へと駆け足のような軽いステップで歩いて行った。私は、こんな大声をあげながらおきよを追いかけた。

「ちょっ、ちょっとおきよぉ! 私・・・」

追い付いたのは、おきよが学食の扉を開けようとしていた時だった。「私まだOKしてないわよぉ!」と言おうとしていた私を遮って、扉を開きざまおきよはこう言った。

「あ、そうそう、GOTさんが寂しがってたぞ。最近全然逢ってくれないって。メール送ってもRESが返って来ないし、恵美子どうしたのかなぁって。こんけいさんそう言ってたぞ。んじゃあねぇ~。」
「あ、ちょっと・・・」

そう、私は食べかけのボンゴレを忘れていた訳じゃないけど、おきよを追いかけたい気がしなかった。扉の前でしばしたたずんだ。

「東京か・・・」

私は、そうつぶやいた。

三十一、

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Chat (?:説明 help):
(かなえ)そう、それは良かったですね
Chat (?:説明 help):かなえちゃん、本当にそう思う?
(キューティー吉本)かなえちゃん、本当にそう思う?
Chat (?:説明 help):
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最近かなえちゃんからのアクセスがなかったの。ま、別にアクセスがなかったとしても、サテンとかでよく喋ってるから、別に寂しいとか思わないんだけどね。むしろ、わざわざネットなんて使わなくても話は出来るんだから、なぜ私をチャットに呼んだのかなと不思議になるぐらい。

かなえちゃんが、あれからGOTさんと進展あったのって聞いたの。この前話してからまだ本人には逢ってないけど、今度逢うよって話をしてたのね。へぇ~、約束したんですねって聞いたから、24日に東京ディズニーランドへ行くって話をしたら、こんなRESが返って来たの。

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Chat (?:説明 help):
(かなえ)嫌なんですか?
Chat (?:説明 help):うーん、別に嫌って言う訳じゃないけど・・・
(キューティー吉本)うーん、別に嫌って言う訳じゃないけど・・・
Chat (?:説明 help):
(かなえ)嫌なんでしょ?
Chat (?:説明 help):・・・・・
(キューティー吉本)・・・・・
Chat (?:説明 help):
(かなえ)だったら素直に嫌だって言えばいいんですよ
Chat (?:説明 help):だってぇ、断り切れなかったんだもん。(;_;)
(キューティー吉本)だってぇ、断り切れなかったんだもん。(;_;)
Chat (?:説明 help):
(かなえ)うかつにディズニーランドなんか行ったら雰囲気に流されちゃうでしょうねぇ
Chat (?:説明 help):そうでしょそうでしょお!
(キューティー吉本)そうでしょそうでしょお!
Chat (?:説明 help):
(かなえ)雰囲気に流されるからどうのこうのよりも・・・
Chat (?:説明 help):うん
(かなえ)本当に行くか行かないか決める方が先だと思う。
Chat (?:説明 help):行くか行かないかって?
(キューティー吉本)行くか行かないかって?
Chat (?:説明 help):
(かなえ)だからぁ、恵美子さんが本当に東京まで行くかどうか
Chat (?:説明 help):<(゜_゜)> ←頭抱えている恵美子
(キューティー吉本)<(゜_゜)> ←頭抱えている恵美子
Chat (?:説明 help):
(かなえ)こらこらっ、人が真面目に心配してるのに
Chat (?:説明 help):へいへい・・・
(キューティー吉本)へいへい・・・
Chat (?:説明 help):
(かなえ)ま、急いで結論を出す事ないでしょう。
Chat (?:説明 help):
(かなえ)まだ時間はあるんですから、気が進まないのだったら断ったらいいんですよ
Chat (?:説明 help):はーい (゜_゜)/
(キューティー吉本)はーい (゜_゜)/
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・・・と、結構長い間チャットして、かなえちゃんは落ちちゃったけどね。

私はその晩、明かりを消したベッドの上で眠りながら考えた。東京・・・私はまだ行ったことがない。去年の今頃は、シンデレラエキスプレスで、東京・京都を往復する覚悟を決めてたっけ。新幹線すら乗った事ないのに、よくこんな覚悟を決めたもんだと今では思っている。そう言えば、おきよは東京って行った事あるのかなぁ。あいつのことだから、東京駅まで着いたのはいいけど、ディズニーランドまでどうやって行ったらいいかわかんなくて、おろおろし始めるかもしれない。ま、そんなことはどうでもいいか。

東京・・・きっと広いんだろうなぁ。ひろし君は、東京のどこに住んでるんだろう?

もし私が東京まで行ったとしても、出会える訳ないよね。四条河原町よりずっとずっと広いんだから。それに、すれ違ったとしても、ひろし君と気付かないかもしれないね。さっき調べたらあのメールはまだ未読だったし、ログファイルの中にひろし君の名前はなかったし。ああ、今頃ひろし君も眠れなくて困ってるのかしら。今誰かひろし君のそばにいるのかしら。それとも・・・

あーあ、あと2週間か・・・

その晩、ほとんど眠れなかったのは、コーヒーを飲み過ぎた訳じゃない。

朝、眠たいのにベッドから起きた。私は、眠った気がなかったのに、いつの間にか眠っていた。時計は、まだ朝の5時だった。夜通し考えた結論は、意外にも簡単なものだった。

「なあんだ。まず東京へ行ってから考えたらいいんじゃないの。」

その理由も、案外簡単だった。もしおきよ達と一緒に東京ディズニーランドへ行くなら行くで、誰かが道案内する必要があるのね。おきよは、海外に行ったらどうしてるんだろうと心配になるぐらいの、強烈な方向音痴。東京ディズニーランドまでどうやって行くか、知っているはずがない。かと言って、GOTさんとこんけいさんが知っているとは思えないから、残るは私。大体おきよは、そんな女の子なのだ。人に何か都合をつけて呼び出す時は、大抵自分が何かしたいことがあって、なおかつ自分ではその方法がわからない時なのだ。だとすると、断る時はもう一つ大変だ。何しろ、東京ディズニーランドへの地図を書いて、おきよに渡すぐらいでないとダメなんだから。

そして、理由はもう一つあった。もう一度ひろし君に逢いたかったから。もちろん、あれだけ広い東京で、ひろし君が見つかるとは思えない。目の前でおいしそうに湯気を立てたコーヒーの中から、金の粒を見つけるよりも難しいかもしれない。でも、責めてひろし君がどんなところに住んで、どんなところで暮らしているのか知りたかった。

そんなことをさっさと決めた私は、いつの間にか京都駅の新幹線のホームに立っていた。そう言えば、あれからこのホームに立った事なんてなかったよね。今でも、まぶたを閉じるとひろし君が乗った新幹線が写るの。不思議よね。あの時は涙で全然見えなかったはずなのに。

三十二、

「まぶしい人、今はどこで何をしてるの?」

やっぱり東京へ行く前に、ちゃんと予習をしておくべきだったと後悔している。

私、初めて新幹線に乗ったの。時速200kmで東京へ向かって行く新幹線。でも、私の心はもっと速いスピードで走り抜けてたから、日本一遅い電車に乗ってるみたい。私の左側に見えてたはずの富士山も、霞んでたのは雲のせいかしら。それとも、私の涙のせいかしら。

新横浜を過ぎた辺りだったかしら。窓の外がビルばっかりになった。低い建物がほとんどないの。私、山しかない田舎に住む自信ないけど、こういう空を見上げるだけで首が痛くなりそうな、息苦しい町にも住む自信ないなと思った。そんな森のようなビル達も、東京に近づくにつれてその数は益々増えて、高さも高くなって行ったの。

「うわぁ、何これぇ。」

東京へ着いた私は、思わず声をあげた。とにかく広い。京都駅って間違っても狭い駅じゃないんだけど、そのおよそ2倍はあるんじゃないかなぁ。どの電車がどこへ行くのかわかんなかったから、取り敢えず山の手線(だって、これしか知らなかったんだもん)に乗ってみようと思ったけど、どこが山の手線のホームなのか全然わかんないの。あれから何十分うろうろしたかしら。やっと山の手線のホームを見つけて、取り敢えず銀色の電車に乗ってみた。中はがらがら。

「なあんだ。山の手線って混むって言うけど、がらがらじゃないの。」

・・・と思ったら、甘かった。途中、池袋かどっか忘れたけど、さっきまでがらがらだった電車が、あっと言う間にぎゅうぎゅうのすし詰め状態。すごいなんてもんじゃないわよ。乗車率軽く200%越してんじゃないかって感じよ。こんな電車に乗って毎日お仕事行ってる人が、気の毒でしょうがないわよ。・・・て、もしかして、ひろし君も乗ってたりして。

「次は、新宿、新宿・・・」

なんて車内放送が流れてぇ、

「あ、そうそう、新宿へ行ってみよう。」

なんて思ったが最後。幸いにしてたくさんの人がどかんと降りたから私も降りられたけど、降りてもどこへ行ったらどうなるのかわかんない。取り敢えず、人が歩いて行く方角に向かって歩いたら、東口って言うの。とてつもなくたくさんの人が歩いてるの。本当に今日は平日なのかしら。まさかこの人たちってサラリーマンじゃないわよね。だって、平日のこんな時間に、私服で歩いているんだから。平日の昼間っからこれだけたくさんの人が来るんだったら、日曜日なんてどうなるんだろうねぇ。きっと人にぶつかってぶつかって、歩きたい方向にも歩けないんじゃないかしら。なんだか、ここに住んでる人が気の毒に見えるね。

そんな私は、大事な目的を忘れてたの。それは、東京ディズニーランドへの行き方を覚えて帰ってくること。私もよくわかんなかったから、取り敢えず東京駅まで戻ったの。駅の中をうろうろしている内に、東京ディズニーランド行きのバスがあったのね。それじゃあって思って乗ってみたんだけど、2000円近くかかったんじゃないかなぁ。高速道路は思いっきり混んでて有料駐車場状態だし、回りを見渡したら彼氏連ればっかりだし。こんなの乗るんじゃなかったなぁって思ってたら、一応東京ディズニーランドに着いたのね。行ってみようかなって思ったけど、どうせ女一人で行ったところで面白くないから、そのまま帰ることにしたのね。で、ふと見るとすぐそばに駅があるの。これに乗ったらどこに着くのかなぁって思ってたら、なんと東京行き。もう後悔したなんてもんじゃないわよ。だって、あの行きしなに乗ったバスって、一体何だったのよぉ!

「あーあ、東京人って何考えてんのかしら。」

東京に戻った私は、朝から何も食べていないことに気づいたのね。何でもいいから食べようって思って、目の前にあったサテンに入ったのね。そしたら、まあ値段の高いこと高いこと。そりゃあ24時間営業のサテンならわかるけど、何でコーヒー一杯が400円もするのよ。これじゃ完全にお昼ご飯が1000円コース。1カ月で3万円もかかっちゃうなんて信じらんない。ひろし君、きっとご飯代で破産してるんじゃないかなぁと思うと、心配になってきたの。

そろそろ帰ろうかなぁって思ったけど、東京と言えば渋谷かなぁって思って、渋谷まで行くことにしたのね。確か山手線で行けるはずと、渋谷の駅に着いたの。・・・はいいけど、問題は、どこへ何をしに行こうかなって考えてなかったこと。ま、適当に歩いてみようかなって思って、人の数の割に狭い路地とかをいろいろと歩いてたのよね。あんまり大きい店とかはなかった(というより見つからなかった)んだけどぉ、うわーお洒落ぇ、みたいな感じのお店をうろうろしてたのよね。そしたら、帰りの道がわかんなくなっちゃったの。何か道が思いっきり入り組んでるし。しかも渋谷の道って、縦横のイメージじゃないみたいで。もう自分がどこにいるのか全然わかんない。そっから先はあっちうろうろ、こっちうろうろ。自分がどっちに向かって歩いてんのかわかんない。取り敢えず、たくさんの人が歩いている方向に歩いて行ったら、東急ハンズまで連れて行かれたし。で、ここから帰る人について行ったら、何とか渋谷駅に戻れたの。

「もう二度と行くもんか。」

私はそう心に決めて、新幹線に乗ったの。車窓から東京タワーが見えて、気持ちは清々していた。そんな私も、富士山が見える頃、なぜか私は寂しさを覚えていた。東京に行く前あれだけ目を輝かせていたひろし君も、きっとその期待を裏切られているはず。でも、未だにあのメールが未読だったということは、もう東京に慣れたのかしら。それとも、お仕事が忙しくてとてもそんなことに振り返ってる余裕がないのかしら。

「もう一度行ってみようかしら。」

新幹線が京都駅に着く頃、私は心の中でそうつぶやいていた。

三十三、

「逢えない君に愛のメッセージを・・・」

私は、ネットってこんなにも不便なものかと感じていた。だって、いくら愛のメッセージを送ったって、送った相手がそのネットにアクセスしてくれなかったら、意味がないんだものね。

「恵美子ぉ!」
「あ、おきよぉ! あのね・・・」
「いいよ。わかってるって。何も心配しなくたっていいからぁ。GOTさん恵美子のこと待ってるから、別に最近会ってないからって気にすることないよ。」
「いや、そうじゃなくてあのね・・・。」
「大丈夫。気にしなくたっていいよ。じゃあ、待ってるからね。」

うう、また言いそびれちゃった・・・

東京からの帰り道、私は決心したの。もうGOTさんとは会わないって。別にGOTさんのことが嫌いになった訳じゃない。嫌いじゃないけど、好きでもない。じゃあ誰が好きなのって聞かれたら、ひろし君って答えたいところだけど、最近はちょっと自信をなくしかけている私なの。私が送ったあのメールは未だに未読だし、アクセスもなければ電話もないし。ひょっとしたら、もう私の電話番号も、アクセス番号も忘れちゃったのかなと思うと、何も言えない気分になるの。

「でも、まだ結果が出た訳じゃないですからねぇ。」

新幹線で東京まで行ったその足で、かなえちゃんを強引にサテンに呼び出したの。で、私が見て来たものを全部しゃべってみた。山手線の人込みも、東京ディズニーランドのカップル達も、そして私の素直な気持ちまで全部しゃべった。かなえちゃんは、特別に真剣な顔をする訳でもなく、深刻に考える訳でもなく。ただ、目の前に置いてあるミルクティーをゆっくりと飲みながら、たまにうんうんとうなずいて、私の話を聞いていた。

「だって、そうでしょ? 返って来るものが何もないんだから、いま恵美子さんが話したことって憶測でしかないわけですよ。」
「でも、連絡ぐらいくれたっていいじゃない。そりゃあ毎日帰ったら私のところに電話して欲しいなんて言わないけど、いくら忙しくったって10分ぐらいなら電話できるじゃない。それもないってことは・・・。」

私は言葉を失った。うかない顔でうつむくのが精一杯だった。

「状況だけ考えたら、難しいのは確かですよね。」

・・・と、かなえちゃんが言った。ちょっと考えた末に出した言葉で。恐らく、私が失った言葉をあえて避けたのだと思う。

「だったら、答えが出るまでの間は、恵美子さんが思った通りのことをしたらいいんじゃないですか。」

私は、何も言わなかった。と言うより、言えなかったのが正しいと思う。

「だってそうでしょ? 恵美子さんから見れば、何をしたとしても悔いか残りそうな訳でしょう。だったらせめて、今だけでも納得の行く方法を選ぶしかないんじゃないですか。」
「納得の行く方法かぁ・・・。ないなぁ、やっぱり。」
「じゃあ、GOTさんのことを考えてあげたらどうですか? 一番気の毒な立場に立っているのが、GOTさんですからねぇ。」
「GOTさんのことって・・・」
「・・・と言っても、何もGOTさんと寄りを戻せって言ってる訳じゃないですよ。そりゃあ、GOTさんとうまく言ってくれるに越したことはないですけど、それには恵美子さんがそれを望んでいるって言う条件が付くんですよ。恵美子さんがそう思ってるとは、私には思えないんですよ。」
「でも、GOTさんに何て説明したらいいのかなぁ。」
「続けていいのか別れていいのかわからないんだったら、取り敢えずもう一度友達から始めたらいいんですよ。一旦友達に戻って、付き合うんだったら付き合う、別れるんだったら別れるで、もっと先に考えてもいいと思いますよ。」
「でも、よく言うじゃない。男性が一番嫌がる言葉が『お友達でいましょう』だって。それって結局『別れましょう』って言ってるのと一緒じゃない。」

かなえちゃんは、ちょっと考え込んだ。

「でもね。もっと嫌なのは、中途半端な立場に立たされることだと思うんですよ。大体恵美子さんだってそれで悩んでる訳じゃないですか。」

今度は、私が考え込んだ。

「GOTさんを中途半端な立場に置いたまんまだったら、GOTさんの方がかわいそうですよ。それだったら、さっさと別れるって言われた方が、まだましだって思ってるはずですよ。」

かなえちゃんはミルクティーを飲み干して、こんなことを言い残した。

部屋に帰った私は、電気ポットからコーヒーを入れた。そして、押し入れの奥からワープロ君を取り出した。このワープロ君は、私が新米ネットワーカーだった頃に使っていたもの。今年になってノートパソコンを買ったから、最近は全然使ってなかったけど。なぜだか急に使ってみたくなって、ワープロ君の電源を入れてネットにアクセスして見た。そしたら、おきよの奴こんなメールを送り付けてた。

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「お手紙」 (100/100) 93/12/19 00:05
タイトル:新幹線の切符取れたよ!
178bytes UVAN221:おきよ Command (?:説明 help):R

ったく、切符取るの大変だったんだぞ! 思いっきり人が並んでるし。もっとも、

切符取りに行ったのはこんけいさんだったんだけどね(なんじゃそりゃ!)。

京都→東京の切符で良かったと思う。切符は当日渡すから、よろしくね。
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そう。東京ディズニーランド行きは中止しよう、っておきよに言いたいんだけどね。言いたいんだけど、頭の中はディズニーバケーションのおきよに、言いあぐねているの。話しかけたら急に話題を変えたりなんかして、私の話を聞こうともしないの。ひょっとしたらおきよの奴、かなえちゃんとメールのやり取りして、私の情報を交換してるんじゃないかなとさえ思う。

ふとカレンダーを眺めてみる。今日の日付ぐらいノートパソコン君が表示してくれるし、第一ビデオの時計にもカレンダーがついているんだけどね。でも、私のくせで、メモ書きできるカレンダーが、部屋の中にでかでかと貼ってある。でも、何もメモ書きしてないけどね。ひょっしたら、おきよのカレンダーには、12月24日のところに花丸でもつけてあるんじゃないかしら。その花丸から溯ってみると、あと4日しかないことに気が付いた。しかも、明日で大学が終わるから、明日中におきよに言わないと、嫌でも東京ディズニーランドに連れて行かれてしまう。本当ならGOTさんに逢って、ちゃんと話しておくべきなのかも知れないけど、きっとGOTさんのことだから、私を離してくれないだろうと思う。第一、これから新幹線にでも乗ろうかって言う時に、いきなり中止しようなんて、虫がよすぎる。と言うことは、やっぱり何とかおきよに話して、東京ディズニーランド行きを中止させないといけないって訳なのよね。

そして、問題の翌日が来た。私は、なぜだか早くに大学に着いて、教室に一番乗りしてしまった。教室の真ん中よりちょっと後ろ気味の席を陣取る。しばらくして、ぽつりぽつりと学生達がやって来る。そして、あっちでぺらぺら、こっちでぺらぺら喋り始める。話の内容は、言わずと知れた冬休みの予定。やれ旅行するだの、やれバイトするだの、あっちこっちで喋りまくっている。でも、大っぴらに、彼氏とスキーに行くみたいな感じの話しは、どこからも聞こえて来ない。私は辺りをきょろきょろする。おきよの姿は見えない。ここは小人数制の授業だから、学生の数はせいぜい50人ぐらい。教室の広さも、中学・高校のそれと変わらないぐらい。だから、わざわざ出席を取らなくても、誰が出席してて、誰が欠席しているのかは一目瞭然。だから、おきよが来たらすぐわかるはずなのに、見つからない。私は少々穏やかでなくなった。そうこうしている内にチャイムが鳴った。数分して教授がやって来て教室は急に静まり返った。あれだけのんきなおきよの事だから、ひょっとしたら遅刻してやって来るかと待っていた。当然、授業は上の空。いつものことだと言う説もあるけど。待てども待てどもおきよは来ない。教授にこのアーティクルを要訳しなさいと当てられて、あわてて訳したら、全然違うページを開いていて、大恥をかいてしまった。とうとう授業終了のベルが鳴った。では楽しい冬休みを・・・、と教授は言い残して、教室を去って行った。おきよは、結局来なかった。どうやら、こんな大切な日にぶっちをかましたらしい。

さて困った。確かおきよと同じ授業はさっきの英文講読だけだから、どうやらおきよは、本格的にぶっちをかましたんじゃないかしら。と言うことは、別の方法を考えないと行けない。それにしてもおきよの奴、もし私が東京ディズニーランドへ行くってことだったら、どうするつもりだったのかしら。大体、どこで待ち合わせるのか、私は知らない。まさか、メールで送り付けてしまいってことじゃ・・・そうか。私もメールで送ってしまえばいいんだ。と言うことは、おきよが待ち合わせ場所指定メールを送り付ける前に、ごめんなさいメールを送っておかないと。幸いにして、私はノートパソコンを持っている。と言うことは、大学からアップしてやればいいんだ。私は、午後からの授業はぶっちすることにして、学生ホールでメールを仕上げることにした。取り敢えず、おきよに送る分はさっさと書き上げた。GOTさん宛のメールの、本文が思いつかない。どうやったらGOTさんが納得するか、散々頭を抱えた。メールのタイトルだけが、エディターの編集画面に1行だけ。2行目にカーソルが点滅したままで、時間だけが過ぎていく。やっとの思いで書き上げた私は、公衆電話にノートをつないだ。アクセスする手が震えている。悲しいやら申し訳ないやらで、込み上げて来る気持ちを押さえながら、メールをアップするのが精一杯だった。「書き込みました」の一言がホストから送られて来たとき、私の目には涙が浮かんでいた。

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「お手紙」 (101/102) 93/12/21 13:15
タイトル:ごめんね、おきよぉ!
308bytes UVAN1:キューティー吉本学長 Command (?:説明 help):R

実はね、GOTさんと別れちゃったの。だから、東京ディズニーランド

行ってもしょうがないのね。悪いけど、私の分の切符をキャンセル

しといてよ。

この埋め合わせは何とかするから、お願い! 許して!

キューティー吉本

「お手紙」 (102/102) 93/12/21 13:16
タイトル:ごめんなさい
175bytes UVAN1:キューティー吉本学長 Command (?:説明 help):R

あれから、私にも彼氏ができました。だから、もう会いたくないんです。

お願いだから、もう私のネットにアクセスしないで下さい。

ごめんなさい。

キューティー吉本

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おきよがメールを読んだのは、その晩だった。おきよがアクセスした直後、私の部屋に電話をかけて来た。

「ごめんね、おきよぉ。」

と申し訳なさそうに話す私に、

「まあしょうがないんじゃない。私だってうすうす感づいてたもん。そりゃあ、うまく行くに越したことはないけど、嫌いじゃしょうがないよ。でもね。キャンセル料、高いよぉ! 恵美子が取った後期のノート、全部コピーされてくれるんだったら手を打とうかな?」

なんて言ってた。こういう、あんまりにも平気な風に話されると、私の耳には殺すって言わんばかりに聞こえて来るのよね。

12月23日。GOTさんに送った、私のごめんなさいメールが、既読になっていた。それから、GOTさんのアクセスが、ぴたりとなくなったの。ログを見ても、GOTさんの文字はなかった。ひょっとしたら、GOTさん、私の顔なんて見たくないって思っているのかしら。それとも、もう一度逢いたいって気持ちを必死でこらえたいが為に、アクセスして来ないのかしら。嘘でもいいから逢いたいって言ったら、GOTさん傷つかなくて済んだかも知れない。でも、かなえちゃんも言ってたけど、こういう嘘をついたところで幸せになれないんだから、これで良かったのかも知れない。私は自分にそう言い聞かせて自分を慰めた。でも、結局別れる口実で嘘を言っちゃったな。

「ハイテクって怖いよね。自分が傷つきそうなメッセージを読まなくて、平気でいられる代わりに、相手を傷つけるメッセージだって、平気で送ることが出来てしまうから・・・」

クリスマスツリーがいつの間にかすっかり片づいて、大晦日の空っ風が吹く町の中。私は、そうつぶやいた。

三十四、

あとちょっとで除夜の鐘が鳴ろうとしているとき、私はシスオペ業務に追われていた。つまり、年賀状書きなんです。ネットワーカーしてなかった頃、両手の指で数えられるぐらいの年賀状しか書かなかったんだけどね。でも、今年はシスオペになってしまったんで、会員の皆さん全員に送るんですよ。会員数はすでに200人を越してるし、それに、今まで書いていた友達にも出すから、はがき代だけでも下手をすると万単位になっちゃう。もちろん、これだけたくさんの年賀はがきを、1日で書ける訳がない。だから、遠くの人から順番に書いて行くの。例えば、京都市内に住んでいる人は、大晦日に書いても間に合うとかね。でも、半分以上の人が京都市在住だから、結局大晦日に猛然と年賀状を書くことになるのね。

でもって、もっとも大変なのが住所書き。当然、ノートパソコンにプリンタつないで、印刷するんだけどね。でも、シートフィーダーなんて言う、はがきをまとめてプリンターにセットできるなんて言う、文明の利器を持っていないの。だから、200枚のはがきを、1枚1枚手でプリンターにセットするんですよね。これが思いっきり大変。はがき1枚の印刷って、待ってたら長いし、合間に何かするには短いし。

で、宛て名書きが終わったら次は裏側の印刷。今度ははがきが丸まってるから大変。で、この裏書のデザインもノートパソコン君。印刷したらどうせ白黒なんだから、ノート君の白黒画面で絵を描いたって別に問題はないし。困るのは、お絵描きしている最中にノート君が、何も文句を言わずに何も動かなくなっちゃうの。パソコンに慣れた人だったら「ハングする」って言うんだけど、これは本当に大変。なにせ、マウスを動かしてもカーソルが動かないし、キーボードをたたいても何も起こらない。大体、点滅するはずのカーソルが点滅しないんだから。おかげさまで、絵がちょっとできあがったらフロッピーに保存して、またちょっといじってはフロッピーに保存して、なんて癖がついちゃった。・・・と、まあ悪戦苦闘して年賀状を書き上げた頃、時計はすでに夜の11時を回っていた。これをポストに入れて部屋に戻る頃には、もう除夜の鐘が鳴っていた。

そろそろオープニングメッセージを新年用に変えようと、ネットにアクセスしたら未読メッセージがあるわあるわ。今年のRESは今年のうちにと、ちょいちょいRESを書き書き。

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1091/1097) 93/12/29 16:00
タイトル:最後のLOGINとなりました
1reply 107bytes UVAN184:とんちゃん

今年最後のLOGINです。
実家(名古屋)に帰るんで・・・・
皆さん、よいお年を・・・・

とんちゃん

- - - - - - - - -
No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1093/1097) 93/12/30 02:18
タイトル:さいきんはやってますね、帰省
→1091:最後のLOGINとなりました/UVAN184:とんちゃん
2reply 107bytes UVAN79:こんけい

どっか帰省したくなってきます

こんけい(自宅野郎)

- - - - - - - - -
No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1094/1097) 93/12/30 10:19
タイトル:どこに・・・
→1093:さいきんはやってますね、帰省/UVAN79:こんけい
91bytes UVAN4:Huck

自宅から帰省するなら、やはり祖父母の家(笑)

はっく

親の帰省という話も・・・

- - - - - - - - -
No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1096/1097) 93/12/31 03:45
タイトル:ぼくも
→1093:さいきんはやってますね、帰省/UVAN79:こんけい
73bytes UVAN2:Aricks

実家ほしいです。

別宅でもええわ。

ざー (実家野郎)

- - - - - - - - -
No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1097/1097) 93/12/31 15:34
タイトル:いやぁ
3reply 132bytes UVAN79:こんけい

大晦日ですね。掃除で体いたいです。

それとLC2かいました。ぽ~んとかいってます。

モニタケーブルかってこよ。

こんけい
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(このメッセージは、実際にアップされたメッセージを流用した物です)

時計が0時を回った所で、オープニングメッセージを書き換える。このオープニングメッセージ、苦労したんだぞ!

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 [SHIFT-JIS only]  &&           &&           &&&&            &&
Welcome to U-bahn!  &&          &&          &    &          &  &
                    &&          &&         &     &          &  &
########    &&          &&         &   &&           &  &
ようこそ            &&              &&  &&&&   & &&             & &
ユーバーン学園へ    &&          &&        &&&    &   &&&    &&&&&     && &&&&
########     &&       && &&      &&       &&&   &   &&   &   &  &    &
                      &&     &&  &&    &&  &&    &  &   &  &&    &  &   &    &
                        &&&&&     &&         &&&&    &&& && &     &&   &      &
                  U-bahn  unlimited express system by Net-cock Ver.3.60 quinted

IDをお持ちでない方は0と入力して下さい USER_ID:UVAN1
パスワードを入力して下さい PASSWORD:*****

京都府にお住まいのキューティー吉本さん、元気に大学生していますか?

現在登録中の住所は、以下の通りです。
住所 京都市伏見区竹田三ツ杭町66-43
氏名 吉本恵美子

変更がございましたら、「学生課へのメール」まで御連絡をお願い致します。

         U  平  よ な  し 今  い ク 旧  と 新  
         |  成  り お  ま 年  ま セ 年  う 年  謹
        キb  六  運    す も  し ス 中  ご あ  
        ュa  年  営 新    よ  た あ は  ざ け  賀
        |h     致 春    ろ    り た  い ま  
        テn  元  し は    し    が く  ま し  新
        ィシ  日  ま 一    く    と さ  す て  
        |ス     す 月    お    う ん    お  年
        吉オ       一    願    ご の    め  
        本ペ     (笑) 日    い    ざ ア    で  

●アクセスされましたら、「掲示板」と「履修規定」を必ず読んで下さいね。
●アクセスできない、住所変更など、登録事項の変更やトラブル発生の時は、「学生課へのメール」までお願い致します。
前回出席時刻 92/08/17 15:21 0回線目に、 hostbps Normalで接続しています。

おしゃべりを聞きます。 Set on the chat mode.
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1月。新年明けましておめでとうございます。新年最初のアクセスは誰かなと、ホストコンピュータの前で待ち侘びる・・・。今年最初のアクセスを狙って、回線の取り合いをするかなと思ったら、そうでもなかった。ホストの回線は、がらんと空いている。ひょっとしたら、みんなどこかに行ってるのかも知れない。

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1102/2042) 94/01/01 02:09
タイトル:降水確率
1reply 72bytes UVAN79:こんけい

40%で雪とかいってる・・・・

今年はじっとしてよう(笑)

こんけい

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(このメッセージは、実際にアップされたメッセージを流用した物です)

なんてことをする人もいるし。まずは私からと、新年最初のメッセージを書き書きする(人はこれを書き初めと呼ぶ?)

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1100/1100) 94/01/01 02:08
タイトル:新年あけましておめでとうございます。
28bytes UVAN1:キューティー吉本学長

新年、あけまして・・・おめでたくないおめでたくない(爆笑)

だってぇ、新しい年が来ると私OLになっちゃうんだもん。

あーん、やだやだ。今年から、大学を自主休講して朝寝を決め込む

なんてことができなくなるなんて・・・ (;_;)/

COME BACKっ!!! 旧年っ!!!

・・・なんて不謹慎なことを考えてるのは、きっと私だけでしょうねぇ。
キューティー吉本

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さてと、私も眠くなっちゃった。そろそろ寝ようかな? 去年ひろし君をおけら参りに誘ったら、「忙しいからダメ」って断られた理由が、今ではわかるような気がするな。あの時はしょうがないから道代を誘ったけど、今年はおけら参りに行く元気もないし、道代を誘った所で来ないのはわかってるから、さっさと寝ちゃお。

目を覚ました私。初夢はかなうって言うけど、最近まともに初夢を見たことないな。今年も、全然覚えてないし。ひろし君が、ひょっこりと私の前に現れる夢を見たかったのに。たとえかなわぬ夢だったとしても、責めて夢の中だけでも逢いたかったな。

年末何かと忙しかったから自炊してなかったんだけど、たまの正月だからお雑煮を作って・・・。うん。お餅って久しぶり。久々に日本人らしい朝ごはんだったな。・・・と、のんびりする私を待っていたのは、山のような明けましておめでとうメッセージだった。

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1101/1106) 94/01/01 02:08
タイトル:あけました
28bytes UVAN79:こんけい

おめでとさん

こんけい

- - - - - - - - -
No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1103/1106) 94/01/01 03:01
タイトル:あけましておめでとうございます。
60bytes UVAN62:てぃんく

今年もよろしくお願い致します。

ともみたん

- - - - - - - - -
No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1104/1106) 94/01/01 06:06
タイトル:今日はどうもありがとうございました
160bytes UVAN211:りゅうじ
楽しかったです。先に帰ってごめんなさい。

今日実家に帰らねばならないもんで、明日の大学選手権もあるし...

それでは良い新年を...

りゅうじ

- - - - - - - - -
No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1105/1106) 94/01/01 15:52
タイトル:あけまして おめでとうございます
53bytes UVAN104:mutan

みなさん本年も、よろしく。

mutan(TAN)

- - - - - - - - -
No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1106/1106) 94/01/01 16:05
タイトル:あけましておめでとうございます
→1100:新年あけましておめでとうございます/UVAN1:キューティー吉本学長
448bytes UVAN184:かなえ

あけましておめでとうございます。今年もよろしく。

>新年、あけまして・・・おめでたくないおめでたくない(爆笑)
>だってぇ、新しい年が来ると私OLになっちゃうんだもん。
>あーん、やだやだ。今年から、大学を自主休講して朝寝を決め込む
>なんてことができなくなるなんて・・・ (;_;)/

あ、そうか。学長は今年から女子大生じゃなくなるんでしたよね。
それから、まだありますよ。憂鬱なこと。それは、来年のお正月
から、お年玉をあげる立場になるんですねぇ。
でも、ずっと前からOLしてる私の立場は一体・・・

>COME BACKっ!!! 旧年っ!!!
>・・・なんて不謹慎なことを考えてるのは、きっと私だけでしょうねぇ。

その通り(爆笑)

かなえ

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(このメッセージは、かなえちゃんのメッセージ以外は実際にアップされたメッセージを流用した物です)

嬉しいっ!!! 思いっきりRESしたいんだけど、こういう年賀メッセージって、まともなRESを返しようがないのよね。でも、やっぱり書いてしまおう(なんじゃそりゃ!)。

そろそろ本物の年賀状が来てるかなと、ポストを開けて見た。かなえちゃんとかおきよなんかの様に、ごく親しい相手だったら本物の年賀状もやってくるのよね。で、それと同時にせっかく書いた年賀状が帰ってきた。つまり、転居先不明と言う訳ね。U-bahnは、入会した時に届けられた住所・氏名が正しいかどうかを、年賀状の未着で判断してるの。これはひろし君がシスオペだった頃からやってて、毎年5~6通は帰ってくるんだって。年賀状か帰って来た人は、「入会時の虚偽の申告」または「住所変更届未提出」と言うことで、ID削除になるんだけどね(もちろん、会員規約にはちゃんと書いてあるよ)。・・・と書くと、何だか脅しに聞こえるかも知れないけどね。でも、実際のところ、ちゃんとネットに来ている人は、住所を変更したらちゃんと教えてくれてるし。だから、ここでIDを消されているのは、「そんな人いたっけ?」みたいな感じの人ばっかり。

それじゃあって訳で、八坂神社まで手短に初詣に行く。もしひろし君が一緒だったら、伊勢神宮まで行きたかったんだけどな。だって、今年は20年に一回しか見られない、御遷宮が見れるんだもん。私一人で行っても寂しいだけだから、行きたいとも思わないけど。

帰って来たら、また年賀メッセージが溜まってる。

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1109/1109) 94/01/01 23:05
タイトル:あけまして・・・
258bytes UVAN11:ZAP

おめでとうございます。

今年もよろしく。

(o(o)ヘ
/  ̄\/
\v )/\ ZAP
 ̄ ̄^

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(このメッセージは、実際にアップされたメッセージを流用した物です)

で、またまたRES書き・・・

・・・と、元旦だけでも結構なメッセージの分量だった。その度、私はRESを書き書きしていたの。

2日になると、いくら遅くても、私の年賀はがきがあちこちに着いてるはず。だから、お年賀ありがとうメッセージが、あっちこっちにアップされている。他に、お年賀メールが来たりとかね。このお年賀メール、凝る人はやったら凝った奴を作るの。でも、このお年賀メールにはもう一つの意味があって、これさえ出しておけば、年賀状を書かなくても済むと言うわけ。

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「お手紙」 (103/110) 94/01/01 13:15
タイトル:年賀状メールです(爆笑)
308bytes UVAN4:Huck Command (?:説明 help):R

             **                         | あけましておめでとうございます。
          ***  *                        |
        **     *                        | 今年もよろしくお願いします。
        *      *                        |
        *      *                        | 左の絵は、犬のつもりです。
         ***  ****                *     |
            *     ***********    *      | (似てないって)
             *               ****       |
              *   ****         *        |               1994年 元旦
              *  *    *****    *        |
              *  *         *   *        |
 ワ I I        *  *         *   *        |
 ン  O----/   ****         *****         |                       はっく
 ワ   /  /                               |
 ン                                      |

P.S.学長、オフライン年賀状メールありがとうございました。

---------------------------------------

で、またまたRESを書き書き・・・

3日。ひろし君がシスオペしてた頃、この日は初詣&誕生日MEETって相場が決まってたんだけどね。去年、私は行かなかったけど。で、今年は初詣だけが残って、MEETするの。帰省してる人もいるから、割りと小じんまりとしたMEETなんだけどね。それでも、かなえちゃんは来るし、おきよ(頼むからどっか帰省しろよ!)もやって来る。こんけいさんも来るところを見たら、どうやらこのカップルはうまく行ってるらしい。GOTさんと道代は来ないけどね。

四条河原町で待ち合わせして。八坂神社へ行って(またかよ、おい)。今年はカップルがいるから、ついでに地主神社にも行って。せっかく繁華街に来たんだからと、飲み会やってきたの。ま、私はあんまり飲めないんだけどね。帰って来ると、もちろんMEET直後特有の、「ただいま」メッセージがアップされてるし。そろそろ帰省先から帰ってくる人が多いから、別の意味での「ただいま」メッセージもアップされているの。

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1116/1116) 94/01/03 23:47
タイトル:帰ってきました。
1reply 305bytes UVAN48:順

帰省から帰ってきました。
山陽自動車道いかんわぁ、あれ。
終点(姫路東インタ)前で1時間半足止め食らいました。

本年もよろしく御願い致します。

こんけいさん、ぽーん、買ったですか。(笑)
いいことあったら、教えてねぇ。

取りあえず、ご挨拶まで・・・。

お年玉、たんまり取られた、順。

---------------------------------------
(このメッセージは、実際にアップされたメッセージを流用した物です)

と言う訳で、私の旧年から新年にかけての、どたばた通信ざんまい正月は、疾風のように現れて、疾風のように去って行った。ちなみに、この頃になると疾風のように現れる人もいる。で、あけましておめでとうメッセージをアップして、疾風のように去って行く人もいるのよね。ま、私も、IDだけ持ってて全然アクセスしてないネットなんて山ほどあるから、あんまり人のことは言えないんだけどね。

三十五、

「おきよっ、あけましておめでとう。」
「恵美子ぉ、白々しいわよ。」
「だって、大学で顔合わせるのは今年初めてじゃない。」
「あっ、そうか。」

みたいな感じで、大学が始まった。大学には前期と後期があって、前期が4月から7月。後期が9月から1月。で、後期のちょうどど真ん中に冬休みがあるのよね。新学期(正確には後期の続きなんだけど)で最後の学期。何だか大学を卒業したいようなしたくないような。

そんなことを心配するまでもなく、また来年も大学へ行けそうな人がいる。それは、言わずと知れた道代。うちの大学は、学生の出欠にうるさいの。必須科目はおろか、一般教養まで出席を取ってるし。わざわざコンピュータを使って、マークシートで出席を取ってるんだからぁ。ま、そんなことはともかく、あいつは大学に全然来てないから、必須科目を出席不足で落とすのはもはや確実。と言うことは、留年もほぼ決定的って訳ね。

「道代はいいなぁ、来年も大学に行けるんだから。」

大学のサテンでハンバークランチを食べながら、ゆかりがこんなことを言った。ゆかりも大学の友達なんだけど、名字が「大谷」だから大抵「お~たに」って呼んでる。

「お~たに、それってすっごい皮肉じゃない?」

おきよが、ボンゴレを食べながら、「すっごい」ってところにアクセントをつけて、こう言った。

「別にそんなつもりじゃないんだけどね。ただ、就職活動やり直しできるから羨ましいなあって。」

そう。お~たには、まだ就職先が決まっていないの。もちろん、出足が遅かった訳じゃないし、真面目に就職活動をやってたんだけど、行く先々で断られて現在の所内定なし。ひょっとしたら大学行ってまでフリーター生活かなぁ、と人知れず悩んでいる。

「来年になっても景気が悪化して行く一方だったりして。」

と、おきよが言った。

「うーん、お~たにも確かに深刻だけど、道代はも一つ深刻よねぇ。だって、大学留年したとしても、お~たにのように目的意識がある訳じゃないから、続かないんじゃないかなぁ。かと言って、大学辞めたら辞めたで、どうすんのか今一つよくわかんないし。」

と、サンドイッチを食べながら私が言った。

「ま、永久就職するしかないんじゃないの? 道代もお~たにも。」
「おきよぉ、何よその永久就職ってぇ。」
「結婚よ結婚。」
「結婚!?」

びっくりしたお~たにと私は、口を揃えて叫んだ。

「いい方法だと思うんだけどな。だって、大学行ってる時みたいに朝寝決め込んでいられるし。昼間っからテレビ見ながらごろごろしてたらいいんだし。ま、炊事・洗濯・家事・手伝、ちゃんとやらないといけないって言う条件はつくけどね。」
「ぷっぷっぷ・・・、おきよったら何を言い出すかと思ったら・・・。」
「恵美子ぉ、笑ってるけどさぁ、いつかはやらないといけないんだよ。」
「おきよんとこがうまく行ったら私も考えようかな?」
「あ、うちはダメよ。私の旦那様は大学の研究生だからね。当分の間は私の稼ぎがものを言うんだからぁ。」
「あーーーっ、出たな。おきよの爆弾発言。」
「あはは。でも、就職先が見つからないんだったら、それしか方法ないんじゃないかなぁ。」
「相手どうすんのよぉ。おきよんとこみたいに、幸せいっぱい夢いっぱいって訳じゃないのよぉ。」
「お~たに、それなら心配ないよ。手っ取り早く男見つけてさぁ、エッチしちゃうわけ。で、2カ月ほど経ったらさぁ・・・涙々に電話するのよぉ。『○○君、どうしよう。ないの。あれ。』なあんてね。」

おきよは、お涙ちょうだいと言わんばかりの泣きまねを見せながら、こんなことを言ったの。

「ったく、それは冗談だから言えることじゃないの。それが現に起こったらどうするのよぉ。大体、それで結婚を決断する良心的な男ばっかりとは限らないわよ。『○○君、あたしできちゃったみたい』なんて言った途端に、すたこら逃げ出す奴だっているんだからぁ。」

お~たには、ごろにゃんと言わんばかりの甘~い声を出して、こんなことを言った。

「あはは・・・。でも、道代だったら本当にやりかねないから怖いわよね。」
「恵美子うまいっ!」
「私もそう思う。もし相手が外人だったら終わってるわよね。」
「お~たに、何で終わってるのよぉ。」
「だって恵美子もそう思わない? 散々やられまくって、子供かできちゃった揚げ句に、"I'm sorry for you. I must go back to my home country."なんてことになりかねないのよぉ。」
「舞姫の読み過ぎよ。」
「そう言うけどさぁ、恵美子。道代だったら、外人とやりまくってても不思議じゃないわよ。」
「おきよもそう思う? あたしも、そう思うんだけど。」
「お~たにまでぇ。」
「じゃあ恵美子はそう思わないのぉ?」
「そう思う(笑)」

ふと回りを見渡すと、私達の回りがにわかに色めき立って来た。彼女達の視線の先を眺めて見ると、Huckがサテンに来たの。と言っても、うちのネットのHuckさんが、「合コンやりませんか?」みたいな感じでやって来たわけじゃないよ(わかってるって?)。Huckinenって言う、アメリカからの留学生なの。うちの大学では海外からの留学生を積極的に受け入れていて、キャンパスの至るところに金髪が立っているって感じなの。その中でもHuckは、うちの女子人気ナンバー1なのよね。確かに、外人だったらどんな顔してても、その回りに女の子がうようよしている。ただでさえこれなのに、Huckの回りはとりわけ多いのよね。ま、あんまりにも人気があり過ぎて、遠くから眺めているだけで幸せな甘い雰囲気に浸っている女の子がほとんどなんだけどね。

「恵美子恵美子ぉ! ひょっとして、私達の話してることHuckに聞こえたかしら?」

おきよは声を殺して、私にこう聞いた。

「聞こえたらどうだって言うのよ。大体日本語不自由なんだから、聞こえたってどうってことないわよ。」
「わかんないじゃないのよぉ。この女共だったら脈があるなって感じでぇ、すっとあたしの隣に座ってさぁ、"Miss Ohtani, are you free tonight?"なんて聞かれたら、あたしどおしよぉかしらぁ。」
「ま、お~たにまでぇ!」
「恵美子ぉ、外人のあれって、Made in Japanとは一味も二味も違うわよぉ。やっぱり太くて大きいの。」
「おきよぉ、あんた何で知ってるのよぉ!」
「え・・・そ、それは聞いた話なんだけどね。」
「嘘ばっかり。海の向こうだったら、何やったってわかんないんだからぁ。ハワイへ行って処女で帰ってくる子なんて、いないって言うじゃない。」
「何てこと言うのよぉ、恵美子ぉ。」
「そう言えばおきよぉ、外人って上の毛が金髪ってことは、下の毛も金髪なのかなぁ。だったら気持ち悪いなぁ・・・。」
「お願いだからそんなこと聞かないでよ、恵美子のバカ。」
「あのときの声って英語でなんて言うのかなぁ。」
「もう、お~たにったら。同じに決まってるじゃないのよぉ。大体そういうことは事が起こってから悩みなさいよ。」
「事が起こってからって・・・あ、そうそう。『する』って英語に訳したら、やっぱりdoingなのかなぁ・・・。恵美子教えて!」

・・・と、私達の話すネタの品位は悪化して行く一方。もうこうなったら収拾がつかない。

道代の今後に関しては、私達の回りでも様々な憶測が飛び交ってる。一番支配的なのが、大学留年説。外に、大学退学説、永久就職説、風俗営業就職説から、揚げ句の果てには教授とエッチしまくって身体で単位取得説まで流れた。そんな私達を知っているのか、今日も道代は大学に来なかった。

「あーあ、昼間っから私なに喋ってたのかしら。」

部屋に戻った私は、ポットのお湯をカップに注いで、コーヒーを入れた。カップから立つ湯気をぼんやりと眺めていた私は、留守番電話のランプが点滅していることに気が付いた。私が大学に行っている間に、誰かがメッセージを残して行ったのだ。何げなく留守番電話のボタンを押して、中身を聞いた私ははっとした。メッセージを残して行ったのは、道代だったのだ。

「恵美子ぉ、・・・今日遅くなってもいいから電話してよ。じゃあ、待ってるからね。」

三十六、

道代からの留守番電話メッセージ。1月に、それも大学が始まった直後ってところから考えて、

「ねえねえ恵美子ぉ。お願いっ! ノートのコピーちょうだい!」

・・・と言う可能性が一番高いのね。と言うことは、大学は卒業したいって考えてるって事だから、大学退学説が薄くなって来るのよね。風俗営業就職説も薄くなって来るかな? ただし、大学へ行きながらAV女優やってる子もいるから、絶対にありえない話じゃないんだけどね。で、教授とエッチして身体で単位取得説も、薄くなって来るかな? これにも条件があって、私のノートのコピーだけでちゃんと単位を取れたらって条件が付く訳なのよね。でも、道代の頭の質を考えたら、ちょっと難しいんじゃないかな? と言うことは、結果論で言えば、教授とエッチして身体で単位取得説も、あり得るような気がして来た。

ま、どっちにしても大した内容じゃないと思うから、先にネットにアクセスしようかな(何じゃそりゃ?)

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1151/1153) 94/01/10 17:47
タイトル:しつもーん!!!
1reply 278bytes UVAN258:おきよ

今日うちの大学で私の友達から聞かれたんですけど、外人さんって

金髪の人がいますよねぇ。・・・と言うことは、金髪の人ってアンダー

ヘアーも金髪なんですか? 私も見たことがないんでよくわかん

ないんですよぉ。誰か見たことありませんか? 見たり聞いたりした

ことがありましたら教えて下さいませませ。ひじょーに興味があります。

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1152/1153) 94/01/10 18:16
タイトル:金髪・・・
→1151:しつもーん!!!/UVAN258:おきよ
181bytes UVAN4:Huck

アンダーヘアですか。

一般的に、とはどうかわかりませんけど、洋モノのポルノ雑誌の
グラビアとかでは金髪だったような気がしますねえ。

眉毛とかも色薄いし・・・

はっく

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1153/1153) 94/01/10 18:55
タイトル:まぁこちらから見たら
→1151:しつもーん!!!/UVAN258:おきよ
101bytes UVAN79:こんけい

そうかもしれませんが、金髪の人も金髪の人なりに、髪の毛黒い人はやはり
そうなのかなぁ、とか悩んでると思うです。

こんけい
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(アンケートご協力ありがとうございました)

こらこらこらーーーっ! こんな品のないねたをアップしないでよぉ。ったく、「私の友達」って、私のことじゃないのよぉ! 大体なんでああ言う低レベルな話になったと思ってんのよ。おきよが「永久就職」なんて、変なことを言うからじゃないのよぉ。あーあ、何てRESを返そうかなぁ。頭の不自由な友達を持つと、苦労するわ。それにしても、ひょっとして、こんけいさんあきれてるんじゃないかなぁ。実は私もそうなんだけど。

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1154/1154) 94/01/10 19:08
タイトル:こらこらこらーーーっ!
→1151:しつもーん!!!/UVAN258:おきよ
181bytes UVAN1:キューティー吉本学長

「ウジテレビジョン」のレベルを落とすでない!!!

>私も見たことがないんでよくわかんないんですよぉ。誰か見たことありませんか?

百聞は一見にしかず。実物を見たら早いんじゃないの???
どうやって見るかって? それは・・・(う、危うく書いて
しまうところだったじゃないのっ!)
でも、ホントに見たことないのかなぁ!?

キューティー吉本
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・・・さてと、何かおきよからの反撃が恐ろしいなぁ。でも、このお下劣なねたに終止符が打たれることを期待して、道代のところに電話するとしようかな? 元々、こんなお下劣なねたがアップされたのも、道代のせいみたいなもんだし。卒業がかかってるから当然と言えば当然なんだけど、私が電話するの待ってるなんて道代にしては熱心よね。それだけ熱心なんだったら、ちゃんと大学に来て欲しいもんよね。

「もしもし・・・」

受話器を取ってくれたのはいいけど、返事がない。ひょっとして、留守電のメッセージに間を空けて、「・・・只今留守にしています」なんてやるのかな。ま、たまには引っ掛かってやるのもいいかな、みたいな感じでこう喋ってみた。

「もしもし・・・道代ぉ。私だよ。恵美子だよ。」

どうやら留守電じゃなかったみたい。いや、本当は留守電で、相手を確認してから電話に出る魂胆だったのかも知れないけど、道代の声がちゃんと聞こえた。

「もしもし・・・恵美子ぉ?」
「うん。恵美子だよ。」
「あ、電話ありがとう。」
「ありがとうって・・・、どうしたの? 何かあったの?」
「・・・恵美子ぉ。今から出られる?」
「そうねぇ・・・」

私は時計の針を見た。もうちょっとで夜の8時を指そうとしている。道代の部屋は大学の近所にあるから、今から駆けつけたとしても9時を回っちゃうの。でも、11時までだったら何とか帰れるから、ノートのコピーを取って渡すぐらいだったら十分時間があると思った。もっとも、多少きついスケジュールではあるけどね。

「・・・大丈夫だよ。」
「あ、それじゃあ私の部屋で待ってるから。」
「道代ぉ。ノート持って行こうか? どうせコピー要るんでしょ?」
「うん。ついでだからもらってく。」
「ついでって・・・。外に何かあるの?」
「・・・うん。ちょっと相談があるの。」
「え? 相談って何?」
「・・・恵美子が来たら・・・ちゃんと話すから。それじゃあ・・・。」

道代はそう言って、電話を切った。道代はあまり多くを喋らなかった。と言うか、出来れば電話を切りたいと、喉元まで出かかってたんじゃないかとさえ思う。道代の様子が気になりつつも、私は再び大学を目指して電車に乗った。自動改札を抜ける瞬間、発車のブザーが鳴る。私が一目散に走るのは、別にブザーのせいじゃないけど。

電車に揺られながら、私は考えていた。あれだけ喋りに喋りまくる道代が、今日はまるで人が変わったみたいに無口だった。いや、それ以上に私が不気味だと思うのは、あの道代がノートのコピーを欲しがらなかったこと。いつもだったら、図々しいほどに「ちょうだい」とまで言うのに。今度ばっかりは、私が持って行くって言ったからもらうって言わんばかり。ひょっとして、今年の夏も異常気象が起こるんじゃないかしら。それとも道代は、完全に卒業を諦めたのかしら。だとしたら、一体どうして???

・・・と考えるまでもないわよね。そりゃあれだけ大学を休みまくってたら留年は確実だし、留年しても卒業なんて期待出来ないんだったら、いっそ退学した方が賢い選択よね。と言うことは、道代の相談というのは、今後の身の振り方って言う線が強いわよね。何てアドバイスしようかな? まさかおきよの冗談みたく、永久就職なんて勧めたいと思わないし。とすると自動的に就職ってことになるんだけど、就職先なんて私も知らないし。

今思い出したこと。それは、私が去年道代の部屋へ遊びに行ったとき、怪しげな男が道代の部屋の様子を伺っているその姿。あれから私は道代の部屋に行ってないけど、まさかまた男を連れ込んではいないかと心配に・・・と言うか不安になるの。まさかとは思うけど、道代の部屋のドアを開けた瞬間、いきなり後ろから男に抱き着かれた、と思ったが早いか、強引に押し倒されて、着るものひっぺがされて、やりたくもない相手と強引にエッチさせられるんじゃないかと・・・ねぇ。なんか道代だったら、そういう男と付き合ってても不思議じゃない気がするの。

道代の部屋の玄関の前、あのとき見た不審な男は見当たらない。それどころか、人の気配すらない。私は、玄関ドアに耳を当ててみた。ひょっとしたら、甘くピンクピンクした声でも聞こえて来るかと思ったから。そうじゃなかったら、蜂蜜のような電話の声でも聞こえて来るんじゃかなと。でも、何も聞こえなかった。がっかりしたと言うよりは、ほっとした。私は、ドアのノブを回して、そっとドアを引いた。鍵がかかっていて開かない。今度は、恐る恐るドアをノックした。返事がない。相変わらず、玄関の外を警戒しているみたい。私は、道代を呼んだ。

「道代ーーーっ! 開けてよ! 私よ。恵美子だよ。」

ドアのロックが開いたかと思うと、ドアの隙間から道代がぬっと顔を出した。私の顔を見てほっとしたような顔をした道代は、前に私が見た道代より顔が痩せていた。痩せていたと言うよりは、やつれていたといった方が正しいかもしれない。ひょっとしたら、派手な化粧した道代に慣れきった私の目には、化粧をしていないすっぴん顔の道代が、そう映るだけかもしれないけど。道代は私を手招きして、部屋へと案内してくれた。以前のような、道代らしい明るさも図々しさもない。私の第六感が、これはただごとじゃない何かが起こったんじゃないかな、と耳元でささやいた。

私はてっきり、何か大事な話があるんじゃないか、と思っていた。もちろん、その大事な話の中には、ノートのコピーも含まれるんだけどね。ところが、道代はずっと、さえない顔でうつむいたまま。その表情にしても、その態度にしても、生徒指導部の先生に呼び出しを食らった生徒のそれと、似てるような気がする。私は、明るく振る舞うべきなのか、真剣そのものに振る舞うべきなのか、悩んだ。悩んでいるうちにも、ただコタツを前に、道代と向き合ったまま何分過ぎたんだろう。

「道代、どうしたの? 何かあったの?」

私は選んだような優しい口調でこう言ってみた。道代は何も答えなかった。それから、また時間と沈黙だけが私の前を流れて行った。道代は、まるで先生に怒られているかのような表情を変えずに、ただうつむいていた。

「道代。お願いだから、何があったのか話してよ。だって、相談に乗りたくても、黙ったまんまじゃ相談に乗りようがないよ。ね、ただごとじゃないって私もわかってるから。」

私は、さっきよりも更に柔らかい口調でこう言った。道代は何も答えなかった。私の前には、また時間と沈黙が流れて行った。私は、ふと腕時計を見た。時計の針は9時30分を指していた。優しいながらもいらいらしている私を、察したのかもしれない。道代は、ようやく重い口を開いた。

「恵美子ぉ。・・・何を聞いても驚かない?」

来た。さっさ私の耳元にささやいた第六感は、どうやら嘘をつかなかったみたい。きっと道代の前によっぽどのことが起こったらしい。私は、お腹に力を入れた。

「う・・・うん。」
「恵美子ぉ。・・・私の代わりに遺書書いてよ。」
「えっ!」

三十七、

私は、何を聞いても驚かない覚悟は決めていたの。決めてはいたんだけど、やっぱり驚いた。驚いたなんてもんじゃないよ。いくら大学卒業が半分絶望的になったからって、何も死ぬことはないじゃない。もうすぐ大学を卒業しようかという私が言えるせりふじゃないかも知れないけど、大学を出てなくったって立派な人生を歩んでいる人だって、世の中にはいっぱいいるんだから。

「遺書って・・・まさか道代、これから死のうと思ってるの!」

道代は、首をゆっくりと縦に振った。

「道代ぉ! 教えてよ。一体何を死ぬほど悩んでるのよ。それを教えてくれてから死んだって、ばちは当たらないじゃないのっ! そりゃあ変な言い方かもしれないけど。ねぇ、道代ぉ! お願いだから教えてよ! 私、道代を見殺しにしたことってある?」

私は、半分怒鳴るようにこう言った。

「うわーーーーん!!!」

道代が、大きな声を上げて泣き始めた。泣き声というよりは、叫び声にも似た大泣きを始めた。

「道代ぉ。ごめん。言い過ぎたよ。ね、お願いだから何があったのか話してよ。私が道代の力になって、それで道代が助かるんだったら、それに越したことはないじゃない。」

私は、道代のそばに駆け寄った。そして、道代をなだめるようにこう言った。道代の大泣きはむせび泣きに変わった。

「恵美子ぉ。・・・私。・・・ひょっとしたら。・・・できちゃったかも知れないの。」

道代は、泣きながらこう言った。言った直後、道代のむせび泣きはまた大泣きに変わった。

「えっ・・・。」

私は、大きな声を上げなかった。こう言う、ショックな事を聞いたときは、大きな声を上げて、衝撃をあらわにするのが筋なのかもしれないよね。でも、私はしなかった。と言うより、あんまりショックが大きすぎて、声を出すのが精一杯だったの。私、こう言う相談を受けるのは初めて。そりゃあ道代だってきっと初めてだから、死にたいぐらいのショックを受けてるんだけど。

「道代・・・それって調べたの?」

道代は泣きながら、首を横に振った。

「じゃあ、どうして?」
「だって、あれがないんだもん。」
「何ヵ月ぐらい?」
「もうちょっとで2カ月ぐらい。」
「外になんか変わったことなかった? 例えば、つわりとか。」
「さあ・・・たまに気分が悪くなるときはあるけど。」
「吐き気がするとか?」

道代は、首を縦に振った。

「恵美子ぉ、私もう死んじゃいたい。ね、お願いだから私の遺書書いて。」
「ばか言わないでよ。だって、まだちゃんと調べた訳じゃないんでしょう。ね、悪いこと言わないからちゃんと調べようよ。ひょっとしたら道代の考え過ぎかもしれないじゃない。」
「もし本当にできちゃったらどうするのよぉ!」

道代は、泣きじゃくりながら私にこう聞いた。

「それは・・・」

私は、答えに詰まった。

「わーーーん! やっぱり死なせてよぅ!」

道代は、また大泣きを始めた。

「それは・・・その時に考える・・・べきじゃないの。」
「恵美子ったら。無責任なこと言わないでよぉ。」
「無責任なんかじゃないわよ。」
「わーーーん! 恵美子お願い。楽な死に方教えてよぉ!」
「じゃあ勝手に死になさいよっ!」

私は、ついに堪忍袋の緒が切れた。

「ただし、条件があるわよ。ちゃんと検査を受けること。薬局に行ったら、ちゃんと妊娠検査薬って売ってるじゃない。もし買いにくかったら、私が買って来てあげるから。私使ったことないから使い方よくわかんないけど、例えば妊娠してますとか何とか言うのが出て来たら、産婦人科に行ってちゃんと調べてもらうのよ。変な言い方かもしれないけど、できちゃったみたいだから死ぬんだったら、本当にできちゃったとわかってから死んでもらいたいわよ。あ、それからお節介かもしれないけど、私今晩ここに泊まるから。私帰った後に、道代が首吊ったとか何とか言う新聞記事読むの、嫌だからね。」

道代は、むせび泣きながら首をこっくりと縦に振った。振ったと思ったら、ごろんと寝っ転がってしまった。全身を使って泣きまくってたから、どっぷりと疲れが出たのかもしれない。本当だったら布団かベッドの上に寝かせるべきなんだろうけど、コタツも一種の布団みたいなものだからよしとしよう。次に、私は身の回りのものを見た。ひょっとしたら、道代が自殺に走るかもしれない。自殺の道具に使えそうなものは、処分しておかないと。まず最初に目が行ったのは、こたつの電気コード。ちょっと寒いかもしれないけど、こたつの電気コードは隠しておこう。他にも、電気コードという電気コードが、至るところに張り巡らされている。けど、こんなの外す訳に行かないから、安全ブレーカーを落としておくとしよう。まさか睡眠薬は買ってないわよね。私は、引き出しという引き出しの中を丹念に探したの。でも見つからなかったから、道代が買ってないと信じるしかないわよね。次に考えられそうなのが、ガス自殺かな? ガスを充満させてライターで・・・ああ、恐ろしい。ガスの元栓の元栓切っておこう。確か元栓の元栓は、ガスのメーターのところにあったはずだから・・・と、これでよし。安全ブレーカーを落としてるから、部屋の中は真っ暗。これだけ徹底したら安心したって言うのもあるけど、何か突然に眠くなっちゃった。では、ゆっくりと寝かせてもらおうかな? コタツの中だけど。

朝、私はカーテンから漏れる明々とした朝日で目を覚ました。

「あーーーっ、いけない。今日は1時間目っから授業があるんだった。」

私は、毎晩目覚まし時計セットしてから寝てるの。セットする時間は、日によって違うんだけどね。例えば、今日みたいに1時間目っから授業がある日は9時10分には大学につかないといけないの。大学まで1時間半かかるから、7時40分には部屋を出ないと間に合わない。だから、7時10分にセットしてるとかね。ところが、ここは道代の部屋。当然目覚まし時計をセットしてないから、明るくなったから目が覚めたって感じなのね。じゃあ、今何時なのって時計を見たら、とっくに8時を回ってた。

「やばいっ! 大学がぁ・・・。あ、そうか。ここは道代の部屋だったんだ。」

そう。道代の部屋から大学までは歩いてすぐだから、極端な話が9時に出たとしても間に合うのよね。大学まで近いってありがたいわよね。だって、京都に住んでる私よりも、1時間ゆっくりと寝てられるんだもん。うちの部屋でこんな時間に目が覚めたら、とっくの昔に遅刻モードだわ。

時間が大丈夫と分かった私は、道代の事が気になった。道代は、ごろんと転がっていた。まさか私が寝ている間に、服毒自殺でもしたんじゃないかしら。私は、道代を揺すってみた。道代は、「うーん」って眠そうな声をあげた。完全に寝ていた。普通なら、ここでたたき起こしてでも、大学に連れて行くんだけどね。でも、道代の寝起きの悪さは天下一品だから、そのままにしておくことにした。私は、セカンドバッグの中からコンパクトを取り出した。当たり前だけど、セカンドバッグの中には、今日の授業で使うテキストなんて入ってない。やっとこれに気が付いた。ま、テキストぐらい誰かに借りたらいいから、欠席するよりはましみたいな感じで、大学に行くとしようかな? 私は道代に、「じゃあ大学に行くわね」って言っても、返事がないのでそのまま大学に行った。

「恵美子ぉ、おはよ~~~」
「あ、おきよぉ。おはよ~~~。ねえねえ、お願いがあるんだけどぉ・・・」
「なによぉ甘い声なんか出しちゃってさぁ。」
「いや、それがねぇ・・・今日テキスト全部忘れちゃったんだぁ。お願いだから見せてよぉ!」
「え~~~、全部ぅ!」

そう言って、おきよは私の顔を見た。次に、視線を下に持って行って私の着ている服、そして履いている靴をくまなく見た。

「恵美子ったら昨日とおんなじ服じゃないのぉ! しかも、そんな小さいバッグ持ってテキスト忘れたなんてさぁ。ははーん、さては朝帰り大学直行モードだな?」
「いや、それはそのぉ・・・色々と事情があってね。」
「とぼけなくたって証拠は上がってるんだからぁ。白状しなさいよ。昨日彼氏のところに泊まってたってさぁ。ま、私だってあんまり人のことは言えないけどね。」
「いや、まぁ事情は後でゆっくりと説明するからさぁ。ねぇお願い。テキスト見せてぇ!」
「いいわよ。ま、ついでと言っては何だけど、授業中寝てたらたたき起こしてあげるから。」

「もし彼氏と朝帰りだったら、まだ浮かばれるんだけどなぁ」と、私は心の中でぼやいた。授業が始まっても、昨日は眠り慣れてないこたつで寝てたから、ただでさえ眠たい講義が、強烈に眠くてしょうがなかった。2時間目の授業は最悪。おきよとは別々の講義だったからちょっとだけ寝てようと思って、腕枕にうつむいたら最後。目が覚めたら授業はとっくに終わっていて、教室には教授はおろか学生もほとんど誰もいなかった。ただ、何人か学食からお盆を持ち込んで、ランチタイムしていた。ああ、今日は一体何のために大学に来たのだろう。

三十八、

あーあ。眠い。ただでさえ大学の授業って眠たいのに、今日は特別眠たいわ。私、ネットワーカーになりたてのころ、しょっちゅう夜更かしをして目の下に隈を作ってた。よっぽどはまってたんだけどね。今日は、それ以上に眠たいな。目の下の隈を通り越して、お肌のコンディションが悪くなったみたい。で、事情を知らないおきよのやつ、昼休みに私を取っ捕まえて、誘導尋問の始まり始まり。

「ねえねえ、今度の相手は誰なのよぉ。ねぇ、教えてよぉ!」

なんて甘い声で、私を白状させようとする。そんなもん私が話せる訳がないじゃない。大体私が知りたいぐらいなんだから。

私がにこにこ笑ってごまかしてると、今度は質問を変えて来た。

「じゃあさぁ、どんなタイプか教えてよぉ! すんごい二枚目タイプなのぉ。それとも、喋ったら面白いタイプなのぉ。まさか、『なんでぇ』って叫びたくなるような相手じゃないよね。ねぇ、恵美子ぉ、意地悪しないで教えてよぉ。」

あーあ、事情を知らない人って、どうしてこんなに無責任になれるんだろう。半分呆れた私は、多少苦しそうなにこにこ笑いをしていたと思う。で、おきよのやつ揚げ句の果てには、こんなことを言った。

「恵美子ぉ。白状しちゃいなさいよ。はっきり言っちゃった方が楽だよ。」

正直言って、言えるもんだったら全部話しちゃいたい。でも、内容が内容だけに・・・ねぇ。とってもじゃないけど話せる内容じゃないし。

「おきよぉ、ごめん。今日だけは勘弁してよぉ。いつかちゃんと話すからさぁ。」

おきよは不機嫌そうな顔をして、やっと私を解放してくれた。・・・と思ったら、甘かった。午後の授業は、ずっとおきよと一緒だったんだぁ!

おきよの厳しい追求は、教室の中でも続いた。授業中ぐらいゆっくりと寝かせて欲しいのに(こらっこらっ)、おきよがひそひそ声で私を責め立てる。

「恵美子の意地悪ぅ。彼氏が出来たら真っ先に教えてあげるって、あれだけ言ってたのにぃ!」
「私そんなこと言った覚えないわよぉ。」
「うそぉ!」
「本当。」
「恵美子の嘘つきぃ!」

おきよはこんなことを言いながら、テキストをちょっと自分の方にすっとずらした。

「・・・ねぇ、テキスト見えないよぉ。お願いだから見せてよぉ。」
「恵美子が白状したら、見せたげる。」
「あーーーっ。意地悪ぅ!」
「意地悪なのは恵美子じゃないのぉ。こんな親友に、彼氏できたって黙ってんだからぁ。」
「そんなんじゃないわよぉ。」

私は、危うく大きな声を出しそうになった。私ははっとして、辺りをきょろきょろした。教授の声は淡々と流れていて、学生たちも一応は教授の話に聞き入ってるようだった。ただ、何人か私の近くの方ではじっとこっちを見ていた。私は真っ赤な顔をしてちょっとだけかがんだ。

「とぼけちゃってぇ・・・。じゃあどうして昨日とおんなじ服着て、わざとテキスト持って来ないのよぉ。」
「いや、それは・・・」

私は危うく言いそうになった。まあ、おきよだったらいつかは事情がわかる時が来るんだから、先に話しておこうかなとも思った。でも、やめた。こんなこと授業中に言ったらヘビー過ぎる。授業中に「えーーーっ!」なんて叫ばれたら、ピンチなんてもんじゃない。いや、「うるさい」って教授に怒られて、教室を追い出されるだけで済めば、まだいいんだけどね。ただでさえ、道代大学退学説とか、道代永久就職説とかが蔓延している、この教室。私とおきよが何を話していたのか、あれこれ追求されるのは、目に見えている。道代の立場を考えると、この手の話題がはびこるのは、ちょっと避けたいものがあった。

「ほらぁ、恵美子ったら、そうやってごまかすんだからぁ。」
「いいわよ! 私が昨日どこへ行ってたか教えてあげる。」
「本当にぃ! やあねぇ、恵美子ったら最初っから素直に話せばいいのにぃ。」
「みんなには内緒だよ。」
「わかってるわよ。」
「ねぇ、おきよぉ!」
「なあに。」
「今日時間あるかなぁ・・・大学終わってからだけど。」
「今日ねぇ・・・いいわよ。でも、なんで?」
「え、実はねぇ・・・昨日行って来たところに、おきよを案内しようかなぁって。」
「また怪しいとこじゃないでしょうねぇ。」
「怪しいとこって?」
「例えばぁ、合コンをもうちょっと怪しくしてぇ、みんなで飲んだ後で乱行パーティなんてやるとことか。」
「そんなとこ連れて行く訳ないでしょ? それとも、行きたいの? そういうところに。」
「えっ・・・いやあ、それは・・・ねぇ。」

・・・と、ここで午後の授業の終わりを知らせるベルが鳴った。

「じゃあ、今日はここまで。」

と、教授が言い残して教室を出て行った。続いて、学生達も出口へと群がった。私とおきよも、教室を後にした。そして、道代の部屋へと向かった。

「ねぇ、恵美子ぉ。どこ行くの?」
「こっから歩いて10分ぐらいだよ。着いたらわかるから。」
「こんな近くで乱行パーティーやってるのぉ?」
「まだそんなこと言ってるのぉ。」

と言いつつ、ひょっとしたら私達が行こうとしてる、道代の部屋と言うのは、何度となく乱交パーティーの会場になってたんじゃないかな・・・と。そんなことばっかりやってるから、後で困るんだよ。

大学の正門を出てしばらく歩くと、薬局があった。私は、ふと立ち止まった。妊娠検査薬を買って行くべきかどうか迷ったから。

「どうしたの、恵美子ぉ!」と、おきよが聞いたから、「いや、何でもない。何でもないわよ。」と、適当にごまかして、道代の部屋へと向かった。

道代の部屋のドアの前。相変わらず、人気がない。

「ねぇ、ここどこなのぉ。ははーん、さては恵美子の彼氏の部屋だなぁ!」
「だったらいいんだけどね。表札見てごらんよ。」
「表札ぅ? ・・・ないわよ。」
「あ、そうか。道代のやつ表札つけてなかったんだ。」
「えっ、ここ道代の部屋なのぉ!」
「うん。」
「なんで恵美子が道代の部屋に昨日泊まってたのよぉ。」
「事情は後で話すわよ。道代と一緒に。さ、入ろう。」

と、私はおもむろに玄関のドアを開けた。開けた途端、水が流れる音がした。ユニットバスからだった。

「道代ぉ!!!」

私は大きな声を上げて、ユニットバスのドアを開けた。ドアを開けた私。その肩越しにのぞき込んだおきよ。ドアを開けた途端、私はとっさに口に手を当てた。湯船が完全に満水状態になってて、真っ赤な水が並々とあふれていた。道代の左手あたりから、水が真っ赤になっていた。そして、倒れていた道代のすぐ側には、果物ナイフが転がっていた。手首を切って自殺したらしい。ホラー映画どころのリアリティじゃない。何せ実物なんだから。

「道代ぉ! 道代ぉ!」

私は、泣き声とも叫び声とも思えない声をあげながら、道代を揺すってみた。返事はなかった。

「道代ぉ!」

・・・と、私の目の前が突然に明るくなった。

「えっ!」

ふと気が付いた私は、あたりをきょろきょろ見た。私は、大学の教室の机の上に座っていることに気づいた。学生は誰もいなかった。いや、正確には私の隣におきよが座っていた。

「あれぇ・・・。私どうしたのかしら?」
「どうしたもこうしたもないわよぉ。」

おきよは、完全に呆れてこう言った。

「ったく、超迷惑なんてもんじゃないわよ。授業はとっくの昔に終わってるのに、恵美子ったら熟睡してるんだからぁ。で、なんか寝言で『道代道代ぉ』って言ってるんだから。恵美子一体どうしたの? 道代になんかあったの?」

つまり、道代が自殺したのは、私の夢だったってわけ。ああ、夢で助かった。それにしても、リアルな夢だったな。リアルすぎて、正夢でないかどうか心配。昨日のあの調子だったら、これが正夢になる可能性が十分あるから。私、本当だったら大学が終わった後、一人で道代の部屋に行ってみる予定だった。でも、行くのがなんか怖くなって来た。しょうがない。ここは一つ、おきよにもついて行ってもらおうと思った。

「おきよぉ、迷惑ついでにお願いがあるんだけどぉ。」
「なあに?」
「何も聞かないで道代の部屋までついて来てよ。」
「え? なんで私が道代の部屋に行くのよ。」
「だから、何も聞かないでついてきてよ。」
「・・・うん。」

おきよは不審げな顔をして、私について来た。

「ねぇ恵美子ぉ、道代の部屋ってどこにあるのぉ。」
「こっから歩いて10分ぐらいだよ。」

私は、何か嫌な予感がした。このシチュエーションが、あまりにもあの夢にそっくりなの。で、薬局の前を通り過ぎるところまでそっくりそのまま。私は、道代の部屋が近づくにつれて背筋が凍る思いがした。

「ねぇ恵美子ぉ、そろそろ聞いてもいいかなぁ?」

おきよは、訳のわからないような顔をしてこう言った。

「え?」
「なんであたしが恵美子について行かないといけないのぉ?」
「うん・・・さっきねぇ、道代が自殺する夢見たの。」
「道代が自殺する夢って・・・なんで? 恵美子思い当たる節でもあるの?」
「それが大有りなのよぉ。」
「なんで?」
「誰にも言わない?」
「うん。」
「絶対?」
「うん。」

おきよは、更に不審そうな顔をして、こう返事したの。私は、深呼吸して、こう言ったの。言葉を選びながらね。

「実はねぇ、昨日道代の部屋にいたのよぉ。で、ひょっとしたらできちゃったかも知れないって。」
「へ!? できちゃったって?」
「だからぁ、おなかの中にぃ・・・。」
「まっさかぁ。」
「そのまさかなのよぉ。」
「信じらんない。」
「もうほんとunbelievableよ。で、昨日の晩、『死にたい死にたい』って散々大騒ぎしててさぁ。私、気になって、その晩泊まって行ったのよぉ。」
「それで今日テキストを全然持ってなかったのかぁ・・・。」
「そういうこと。ま、こんだけヘビーな話だから、当分の間この話は内緒にしておいてよ。」
「そりゃそうだわ。」

・・・と、話しているうちに道代の部屋の前。初めて来るんだから当然と言えば当然なんだけど、おきよは辺りをキョロキョロしている。

「おきよぉ、ガス臭くないわよね?」
「へ? 別にどうってことないけどぉ・・・。」
「水の流れる音しないわよね?」
「・・・うん。」
「何が起こってもびっくりしないわよね?」
「恵美子ぉ、気にし過ぎだよ。」
「じゃあ、開けるわよ。」

私は、ごくりとつばを飲み込んだ。そして、まるで中に怖いものがあるかのように、そおっと玄関のノブを回した。鍵はかかっていなかった。今度は、中の様子を探るかのように、ゆっくりとドアを開けた。水道が流れる音はしない。ガス臭くもない。取り敢えずは何事も起こっていないようだった。私は、おきよを手招きして、一歩また一歩と泥棒猫のように道代の部屋の奥へ、また奥へと入って行った。そして、一番奥へと足を踏み入れた瞬間。私は血相を変えた。コタツの中で道代が倒れていたのだ。

「ま、まさか・・・ねぇ、おきよぉ。」
「そ、そうよね。まさか・・・ねぇ。道代ぉ!」

私とおきよは、ほぼ同時に大きな声を上げた。大きな声を上げながら、今度は道代の体を揺すりにかかった。

「ん~、何よぉ・・・。」

そう。道代はただ単に、コタツの中でごろ寝していただけだったの。

「良かったぁ・・・、もう私びっくりしたわよぉ。道代本当に死んだんじゃないかって。びっくりさせないでよぉ!」

・・・と、ここまでは良かった。しかし、私達はあることをすっかり忘れていた。それは、道代の寝起きの悪さだった。しかも、コタツの中で気持ち良さそうに寝ていたのを、突然たたき起こしたんだから、もう手に負えない。

「ふわぁ~~~。恵美子ぉ・・・来てたのぉ。もぉお願いだから寝かせてよぉ。んじゃ、おやすみぃ・・・。」

と、いかにも寝言のような事を言って、また寝ちゃったの。で、残されたおきよと私は、もう開いた口がふさがらない状態。駆けつけた時には手遅れって言うのも迷惑だけど、死んだように眠ってたというのはもっと迷惑な話だわ、全く。ま、こんなとこに長居は無用、みたいな感じでさっさと帰ることにしたんだけどね。

「でも、道代のやつちゃんと調べたのかなぁ・・・。」

道代の部屋の玄関ドアを開けた時点で、日はとっぷりと暮れていた。駅へと向かう帰り道、私が多少ながらも心配して聞いた。無理もないとは思うけど、完全に呆れてしまったおきよはこう答えたの。もうかかわりたくないと言わんばかりにね。

「さあ・・・。調べたんじゃないの。」

私が「なんで」って理由を聞くと、お願いだから聞くなって言わんばかりにこう答えたのね。

「だってぇ、もし本当に妊娠してたとしたら、自殺してるかどうかはわかんないけど、大慌てしてることは間違いないじゃない。少なくとも、あんな悠々と寝てるわけないわよ。『想像妊娠』よ、想像妊娠。どうせ悪い男にでも振られたんじゃないの。」

おきよは、この「想像妊娠」って言葉をやけに強調して言った。顔には表れていなかったけど、おきよも相当腹が立っていたんじゃないかと思う。

駅が近づくにつれて、私も段々腹が立って来た。もういっぺん道代の部屋に戻って、思いっきり文句を言いたくてしょうがない気持ちを、必死になって堪えていた。突然呼び出された揚げ句に、気になって泊まり込んだ私は、一体何だったのよ。こんなありがた迷惑な話ってないよね。あーあ、心配して損した。

三十九、

いやはや、今日はヘビーな日だったわ。すったもんだがありました、なんてのがどっかにあったような気がするけど、本当に今日はとんでもなく振り回された日だったわ。

あれから部屋に帰って、やれやれと思っていた。ぼんやりと留守番電話を眺めると、ランプが点滅してて、「メッセージを聞いてよ」って言ってるのね。何かなと思って聞いてみたら、道代だったのね。すすり泣き声が聞こえて来そうな声で、メッセージは残っていたの。

「恵美子ぉ・・・、ごめん。やっぱり・・・できちゃった。今日、・・・昼間っから飲んでたんだぁ。・・・やりきれなくてね。・・・それだけ。・・・それじゃあ。恵美子ぉ・・・ごめんね。」

そう。これは私の想像なんだけど、私が大学に行った後、本当に妊娠したかどうか調べたんだと思う。産婦人科に行って調べたのか、薬局で妊娠検査薬を買って調べたのか、それはわかんないけどね。方法はともかく、調べた結果、判定が無情にもクロって出てしまった。で、どうしていいかわかんなくなった道代は、大して飲めもしないお酒を、昼間っからあおるように飲んでたのね。あんまり飲み過ぎて、昼間っから死んだように眠っていたところに、たまたまおきよと私がやってきたんだと思う。しかし、よくぞ手首を切らなかったもんだと、ほっとすると言うよりは感心したの。

取り敢えず、これはおきよに知らせないとと思って、受話器に手を伸ばした。でも、電話番号をダイヤルし掛けてやめた。そう、おきよは親と同居しているから、こういう話題は電話ではまずいかなとふと思ったから。かと言って、大学で話すのもやっぱりまずそうだし、おきよは明日大学に来ないから、メールで送ることにしたの。

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「お手紙」 (98/98) 94/01/16 19:32
タイトル:じゅーだいなお知らせ
280bytes UVAN1:キューティー吉本学長 Command (?:説明 help):R

さっき道代から電話があったんだけど、道代の奴本当の本当にでき

ちゃったらしいよ。

どうしよう。私、道代のとこ行こうかなと思ったけど、やっぱり

やめた(なんじゃそりゃ)。そりゃあ今度こそ本格的に自殺するん

じゃないかって心配なんだけど、さっきみたいに心配して駆けつけたら

悠々と寝てたなんてのも腹が立つし。

くどいようだけど、当分の間は誰にも内緒ね。

キューティー吉本
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次の日、何げなく大学の教室に入ると、私を手招きする子がいたの。お~たにだった。気づいた私がお~たにの近くに行くと、今度は耳を貸せと言わんばかりに手招きするの。それじゃあみたいな右耳を近づけたら、こんなことを囁いたの。

「恵美子ぉ。聞いたわよ。道代できちゃったんだってねぇ。」

私、大きな声で「なんで知ってるのよぉ」と叫びそうになったの。喉元まで出て来て、回りを見渡して止めたんだけどね。なんでお~たにが知ってるんだろう。これを知ってるのは、私とおきよだけだったはず・・・と言うことは、お~たににばらした犯人は、おきよかぁ。私は、顔を曇らせた。お~たにもまずいと思ったんだろうねぇ。「詳しいことは後で聞くから」ともう一言私に囁いて、授業のベルが鳴ったのね。

「この前さぁ、冗談で話した通りになっちゃったねぇ。」

学食で焼肉ランチを食べながら、お~たにはこんなことを言った。そう。新年早々にお~たにとおきよと私が、冗談で「できちゃったみたい!」みたいなことを言ってたっけ。それを現実にやらかした人がいるんだから。私は、黙ってサンドイッチを食べていた。

「でも、信じらんないなぁ・・・。」

お~たにが、今度はこんなことを言った。私は、一口かじったサンドイッチを手にして、「なんで」と聞いた。お~たにが、こう答えたの。

「だってぇ・・・。ここは『もしも』ってことで考えようよ。もしも、私が男の子だったとしようよ。で、恵美子が私の彼女ね。」

なんか変な設定だなと思いながらも、私は「うん」とだけ答えて、またサンドイッチをかじり始めたの。

「で、まかり間違ってぇ、恵美子のおなかの中に、赤ちゃんができちゃったとしようよ。」

私は、さっきかじったサンドイッチを喉に詰めて、アイスコーヒーに手を伸ばした。何度も咳をしながら前を眺めると、お~たにが薄ら笑いを浮かべていた。

「なにがおかしいのよぉ。」
「だってぇ、恵美子がサンドイッチ喉に詰めるんだもん。でね。もしも恵美子のおなかの中に、私の赤ちゃんができちゃったとしたら、死にたいと思う?」

今度は、飲みかけたアイスコーヒーが喉につっかえた。思いっきりおかしくて、かつ絶対にありえない設定だけに、アイスコーヒーを飲みながら笑ってしまったって訳ね。

「ぷっぷっ・・・、お~たにったら、何を聞くのかと思ったら・・・。そんなことある訳ないじゃない。まかり間違って私とお~たにが結ばれたとしてもさぁ。」
「だからぁ、あくまでも私が男の子だったらと言う条件が付くんだよ。」
「そうねぇ・・・。私できちゃったことないから、よくわかんないけど・・・。確かに落ち込むかもしれないけど、死にたいとは思わないわよね。」
「なんで?」
「なんでって?」
「その理由が大事なんじゃない。」
「うん。だってぇ、相手かわかってる訳でしょ? だから、お~たにに相談するだけ相談して、もしもお~たにがすたこら逃げ出したら、死にたいって思うかもしれないけど・・・。」
「そう。それが大事なのよぉ。」

お~たには、左手に握ったフォークで私を指さして、そう言った。

「だって、相手がわかってるんだったら、まず相手と相談することを考える訳でしょう?」
「そう言えばそうだねぇ・・・。」
「だから、私も信じらんないんだよ。」

お~たには、黙々と焼き肉ランチを食べ始めた。

「例えばぁ、あっちこっちの相手とやりまくってぇ、誰の赤ちゃんなのかわかんないとか。」

お~たには、危ないところでライスを吹き出しそうになった。

「あんた顔に似合わず随分過激なことを言うのねぇ。」
「いや、例えばの話よ。そうじゃなかったら、相手が相当のワルでぇ、相談しても見込がないとか。」

他にも思いつく理由って言うのが、いろいろ出て来たの。例えば、絶対に顔も見たくもない男の子供を身ごもったとか。相手は外人で、とっくの昔に本国へ帰ったとか。相手はとんでもない女たらしで、あっちこっちの女の子とエッチしまくってるとか。ま、どちらにしても道代だったらありがちだな、と言うことでまとまった。じゃあ、これからどうするのって言うところで、話が途切れてしまった。もちろん、選ぶ道は二つに一つ。産むか堕ろすかのどっちかなんだけどね。仮に産むとしても、道代がちゃんと育てるとは思えない。「身ごもったから、いっそ死にない」なんて大騒ぎしてるんだから。生まれても祝福されない赤ちゃんなんて、あんまりにも可愛そすぎる。かと言って、堕ろすにしても、一体誰がお金を出すのって言う話になってしまう。そりゃあどうしようもなくなったら、みんなでカンパしようかってことになるかも知れない。でも、相手がわかってるんだったら、そいつにも出させるべきなんじゃないのかなと思う。ま、どっちにしても、お~たになり私なりが決めることじゃないから、この話はここまでにしておこうよって事になったの。

あれから2~3日経ったんだけどね。

「恵美子恵美子ぉ。内緒の話があるんだけどさぁ。」

敢えて名前は書かないけど、こうやって手招きする子がいたから、何の話かなと思って聞いたのね。そしたら・・・

「道代のやつ、妊娠したらしいよ。でさぁ、あっちこっちの男とやりまくってたらしくて、誰の子供なのかわかんないんだって。恵美子ぉ、みんなには内緒だよ。」

そう。内緒の話が耳元から耳元にどんどん伝わって行って、いつの間にか誰も知らない人がいなくなっちゃったのね。しかも、話が段々とおっきくなってて、いつの間にか誰の子供かわかんないことになってたの。まったく、何がみんなには内緒なんだよ。私は、とっさにどう反応しようかって考えた。これも元はと言えば道代が悪いんだから、しょうがないかなと思った。更に、どうせ噂になってしまうんだったら、道代のいないうちに噂になってしまった方がいいかなとも思った。そこで、私はわざとらしく大きな声でこう言ったの。

「えーーーっ! 道代のやつ妊娠したのぉ!」

休み時間とは言え、教室の中は騒然とした。それが、みんながみんな、一斉に道代の話を始めたのかどうかはわかんないけど。でも、教室のあっちこっちで、「あーっ私も聞いた」みたいな声が上がったの。つまり、自分と聞いた相手と話した相手しか知らないだろうと思っていたら、全員知っていたみたいな感じでね。それを聞いてたおきよが、耳元でこう言ったの。

「恵美子ぉ。わざとらしいよ。」

私はちょっと意味のある笑みを浮かべたの。

「だってぇ、誰にも知られなくて済むんだったらそれに越したことはないけどね。でも、全員が知ってるぐらいだったら、さっさと噂になってくれた方がましなんじゃないかなって思ったの。まずかったかな?」

四十、

噂になってたのは、このキャンパスの中だけじゃなかったのね。去年まではあれだけ色よいメッセージを書いてた男たちも、今ではぱったりと見かけなくなった・・・らしいの。道代は、私の目の届くところでは逆ナンパをやってなかったんだけどね。風の便りに聞いた話によると、他のネットで道代宛の下心メッセージが、ぴたっと止まっちゃったらしいの。

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「Q」で、メニュー・コマンドに戻ります。「?」で説明が出ます。 Type "Q" then quit.
Chat (?:説明 help):
(こんけい)ねえねえ、学長知ってる?
Chat (?:説明 help):え?
(キューティー吉本学長)え?
Chat (?:説明 help):
(こんけい)道代ちゃん、できちゃったんだって?
Chat (?:説明 help):なんで知ってるのぉ!
(キューティー吉本学長)なんで知ってるのぉ!
Chat (?:説明 help):ははーん、さてはおきよの
(こんけい)いや、聞いた話なんだけどね。
Chat (?:説明 help):ははーん、さてはおきよの仕業だな?
(キューティー吉本学長)ははーん、さてはおきよの仕業だな?
Chat (?:説明 help):
(こんけい)いや、おきよちゃんが話す前から知ってたんだけどね。
Chat (?:説明 help):へ? なんで?
(キューティー吉本学長)へ? なんで?
Chat (?:説明 help):
(こんけい)某ネットの裏情報によると・・・
Chat (?:説明 help):うんうん
(キューティー吉本学長)うんうん
Chat (?:説明 help):
(こんけい)道代ちゃんが妊娠して、誰の子供なのか調べてるらしい。
Chat (?:説明 help):私聞いたことないけどなぁ
(キューティー吉本学長)私聞いたことないけどなぁ
Chat (?:説明 help):
(こんけい)・・・と言うのが密かに噂になってるよ。
Chat (?:説明 help):道代が出来たって言うのは知ってるけど・・・
(キューティー吉本学長)道代が出来たって言うのは知ってるけど・・・
Chat (?:説明 help):誰の子供か調べてるって言うのは聞いたことないなぁ。
(キューティー吉本学長)誰の子供か調べてるって言うのは聞いたことないなぁ。
Chat (?:説明 help):大体調べて
(こんけい)てっきりそうだと思ってたけどなぁ。だって、男性連中が道代ちゃん宛に表立ってRES返してないし。
Chat (?:説明 help):大体調べてわかるもんなのかなぁ?
(キューティー吉本学長)大体調べてわかるもんなのかなぁ?
Chat (?:説明 help):
(こんけい)さあ・・・
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ま、本人に聞いた訳じゃないんだけどね。どうやら私が一番最初に考えた通りだったみたい。

去年までは、道代が男を選んでたみたいな所があったのね。つまり、チャットで「これから逢いたいな」みたいな事を言えば、男のほうから喜んでやって来た。そのまま飲みに行くなりなんなりして、最後にはホテルへみたいな感じで。相手を好きになったら「また逢いたいな」メールを送って、面倒臭くなったら連絡をぱったりとやめてしまう。なんて事を繰り返してたんだと思う。ま、男は男で、道代だったら後腐れがないだろうみたいな感じで、ただ単にエッチがしたいから道代を呼んでいた。道代だって一応は女なんだから、いないよりはましなのだ。道代は道代で、エッチする相手なんて呼べば集まるみたいな感じだから、男に振られたって別にどうってことはない。いや、正確にはどうってことはなかった。

ところが、こうやってあっちこっちの男とエッチしまくっているうちに、とうとう子供ができてしまった。道代にとって不幸だったのは、道代に色よい声かけて来た男たちと言うのは、ただエッチすることしか考えていなかったこと。だから、子供ができて自分たちに押し付けられては困ると、道代が妊娠したらしいという情報を嗅ぎ付けた途端、すたこらさっさと逃げ出した。逃げ出すったって、方法は至って簡単。メールが来ても無視する。ボードに何か書いてあってもRESを返さない。チャットで捕まったらさっさと回線を切る。どうしようもなくなったら、ネットのIDを消す・・・と、ここまでやった人がいるかどうかはわかんないけどね。要は、面倒臭くなった男から逃げ出すために、道代が使ったありとあらゆる手段を、今度は男の方が使っただけの話なんだけどね。確かに、道代が自殺したがるはずだよね。でも、幸にして道代が自殺したというニュースは、ネットは愚か新聞にも載っていないの。ひょっとしたら、今頃死にたくても死にきれないのかも知れないな、と私は思っていた。

ところが、道代は大学にやってきた。おとなしい格好で、派手な化粧も落としてね。さっきまで好き放題に喋りまくってた教室も、満ち世の姿が現れた途端、あっちでひそひそ、こっちでひそひそに変わったの。もちろん、おなかの中に赤ちゃんがいるいないみたいな話はもちろん、「今更大学に来たって遅いわよ」みたいな話も混ざってたように思う。とげとげしいいが栗に指を指されないように、触ろうか触るまいか手を出しあぐねているようにね。そんな教室内の空気を知ってか知らずか、道代は涼しい顔をしている。「さあて、久しぶりに勉強しようかな」と言わんばかりにね。

授業のベルが鳴ったと思ったら、道代が私の横に駆け寄って来た。
「恵美子ぉ、ごめん。ノートのコピーちょうだい!」

と、一言言ったの。元通りの道代に戻ったって訳なのよね。私、ちょっとちゅうちょしたんたけど、ゆっくりと首を縦に振ったのよね。

「恵美子ぉ、ここだけの話だよ。誰にも話しちゃだめだよ。」

道代は、私が一年間まめに取って来たノートのコピーを、まんまとせしめた。すっかり満足顔の道代は、私を部屋へと呼んだの。で、今まで何があったのかを話してくれた。

道代が体調の変化を感じたとき、それをそっくりそのまんまボードに書いたらしいの。もちろん、うちのネットのボードじゃないんだけどね。そのメッセージを読んだ人の内、誰かいいアドバイスをくれるんじゃないか、と道代は期待していた。でも、その結果は道代の思惑とは掛け離れていたの。そのメッセージを読んだ人は、アドバイスを送るどころか、道代を無視するようになったの。その理由は、私が想像した通りだったんだけどね。今まであれだけ色よいメッセージを送ってくれた男たちが、今度は道代に何も返事を返してくれない。道代は、がっかりした。いや、がっかりしたどころじゃない。いざとなったら誰も助けてくれないと言う事は、つまり自分なんてこの世の中に必要ないんじゃないかとさえ思えた。じゃあいっそ死んでしまいたいと思って、私のところに電話して来たって言うことだったのよね。

ところが、ここで道代のうれしい誤算があったの。たった一人だけ、道代を見捨てなかった男がいたのね。道代から聞いた話によると、彼も彼なりに悩んだんだそうな。

もともと彼も、道代にチャットで呼び出されてって言う、お決まりのパターンで知り合ったらしいんだけどね。呼び出されたと言うよりは、呼び出させるために道代のいそうなネットをうろうろしていた、と言うのが正しいかも。つまり、「簡単にさせてくれる女、つまり道代がいるらしい」と言う情報を手に入れて、わざと道代のいそうなネットを行き来していたんだそうな。でも、彼はあんまりにも真面目すぎたの。だから道代は、のめり込まれては大変と、彼を煙たがってたのね。もちろん、彼がもう一度逢いたいとメールで送っても無視してた。彼がチャットにやってくると、さっさと回線を切ったりしてたらしいの。

そこへ、道代が妊娠したらしいと言う噂が流れた。ひょっとしたら、彼の子供かも知れない。でも、彼の回りは冷ややかだった。彼のネット友達で、道代とやったことのある連中は、こぞってネットへの書き込みをやめて、メールのやり取りになったのね。この、メールのやり取りが曲者。こうすると、話している内容は、道代はもちろん、シスオペですらわからない。つまり、何も話してないように見えるのよね。そのメールのやり取りで、「もし道代から何か話があったとしても、無視しようよ」ってことになってたのね。なぜって、奴らから見れば、道代はただやらせてくれるだけの女。好きになるには程遠い。しかも、あれだけあっちこっちの男とやりまくってたら、本当に誰の子供かわかんない。だから、みんなでしらを切り通せば、追求されたって平気だよってことなのよね。それでも、話題の中心は、果たして誰の子供かって言うことだったのね。誰もが、自分のことを棚に上げて、「お前の子供じゃないのか」みたいな事を話してたんだって。

もちろん、彼もその槍玉に挙がった。最初は「お前も一度はやったことがあるだろう」みたいな話で始まった。それが、「お前の子供かも知れないんだから、ちゃんと面倒見てやれよ」みたいなことを言われたらしいのね。揚げ句の果てには「いっそ相手は一人暮らしなんだから、一緒に暮らしちゃえよ。どうせ我慢するのはお前なんだからさぁ。」とまで言われたんだそうな。彼は、その時は「嫌だ」って言ってた。でも、メール読んで、さあ寝ようかと明かりを消して、目を閉じた途端、道代の顔がぼんやりと浮かんだんだって。もし私が彼だったら、きっと夜通しうなされて、おちおち夜も眠れなかったかも知れないけどね。でも、彼の目の前にぼんやり浮かんだ道代は、一筋のきれいな涙を浮かべていたらしいの。そんな彼は、悟ったんだって。やっぱり道代を放っておくことは、自分にはできないって。それをみんなに話したら、道代は嫌な奴とか、どうしようもない奴とか、散々言われたらしいのね。でも、そうやって回りから悪く言われる度に、段々道代をほっとけなくなったらしいの。その辺の心理が、私には良くわかんないところなんだけど。結局彼は、道代にメールを送ったの。もう一度逢いたいってね。

「あのメールを読んだとき、もう嬉しくって涙が止まらなかったな。」

道代も目を潤ませて、こう言ったの。

「でね。大学だけはちゃんと卒業するって彼との約束なんだあ。もちろん、あんな火遊びみたいな男狩りは、もうやめるって言うのもね。」

それで、今日やっとと言うか遅ればせながらと言うか、大学にやってきたらしい。道代は、私のノートのコピーをごっそりと持って帰った。

愛の力は偉大なものよね。道代は、あれから真面目に大学に来たのよね。それでも足りなかった所は、どういう手を使ったのかわかんない。それこそ、教授に頭を下げまくったかも知れないし、死ぬほど追試を受けまくったかも知れない。地獄のレポート攻撃に遇ったかも知れないし、また教授に色気を振りまいたかも知れない(おっと、これは言い過ぎ)。どういう手を使ったのかわかんないけど、道代は何とか卒業できることになったのね。今の今まで真面目にノートを取り巻くってた、私の立場は一体どうなるのよ。と思いつつも、どんな人でも、星の数ほどいる人の中の誰かに、必ず愛されているものなんだな、とつくづく思った私の1月だったのよね。

四十一、

2月。私、引っ越すことに決めました。会社の寮に住み込むことになったの。私オペレーターになりたいんだけど、京都にはオペレーターと言う職種そのものがなくて。それならいっそ寮に住み替えた方が、生活費も助かるし一石二鳥みたいな感じで。でも、ネットをどうしようかなって思ってるのよね。だって、寮にパソコンを持って行くまではいいけど、電話回線を何本も引く訳に行かないし。大体、京都を離れたら、今のメンバーがアクセスしてくれる訳ないし。大体個人持ちのネットなんて、市内か隣接区域にあって、ネット使用料を取られないから、みんなアクセスして来るみたいなもの。それなのに、「シスオペの都合で引っ越しました」なんて理屈が通るものなのかしら。

私は、ベッドに寝っ転がりながら考えたの。確かに、引っ越すのは私の都合よね。でも、ネットを続けるかどうかって言うのは、私の都合だけでは済まないよね。と言うことは、やっぱりネットは続けるしかないんだ。うんうん、やっぱりそうよね。じゃあ会社に何て言い訳しようかなぁ。「京都を離れたっていいから、オペレーターになりたいんです」って面接で言っちゃったし。それで、私の希望通りオペレーターにしてもらえるのに、今更都合が悪くなったなんて言い訳が通じる訳ないわよね。

「贅沢な悩みよ、贅沢。」

次の日、卒業旅行どうしようかななんて打ち合わせをしようと、おきよとお~たにと私の3人で、近所のサテンで顔を合わせたの。先月の試験で顔を合わせたと言うのに、「久しぶりね」なんてあいさつになっちゃったの。ついこの前までは、ほとんど毎日顔を合わせてた。それが2週間ほど顔を合わせなかったら、「久しぶり」になるんだな。と思いつつ、話題が就職した会社に移ったのね。で、私が引っ越すべきかどうかって話をしたら、お~たにがこんなこと言ったのね。

「就職が決まっただけでも、ありがたいと思わなきゃダメよ。世の中には、未だに就職が決まらなくて、途方に暮れてる女子大生が何万人といると言うのに。」

何を隠そう、その何万人のうちの一人が、目の前に座っているこのお~たにだったりする。別に、お~たにとて、何もマスコミ関係に行きたいとか、角紅とか何とか言う一流商社へ行きたいとか、要は贅沢にも選り好みをしてたって訳でもないし。かと言って、道代のように就職戦線から出遅れた(正確には、就職戦線に参戦しなかったのかな)訳でもない。ただ、おきよや私とは紙一重のところで、就職戦線に敗れただけの話なのよね。ううん、まだ敗れたと言う結論が出た訳じゃないけど、もう結論が出たに等しい状態なのかな。

「ねぇお~たに、もし就職が決まらなかったらどうするのぉ?」

おきよが、何気なくお~たににそう聞いたのね。

「どうしよう?」

などと言うお~たにの顔には、深刻さのかけらもなかった。むしろ、本来返すべき答えがあんまりにも深刻すぎて、ただふざけたふりして笑うしかなかったのかも知れない。・・・と、ここで別の話題に移ればいいのに、おきよのやつはこんなことを言い始めたの。

「お~たに、ちゃんとした男女共学の大学に行ったら良かったよねぇ。それだったら、責めて永久就職って道が開けたのに。」

「うちの大学はちゃんとした男女共学じゃないの」って言われたら、否定できないのよね。何せ女の子が大多数を占める大学だから、男女共学と言ってもほとんど女子大状態。じゃあ、「ちゃんとした男女共学の大学に行ったら、永久就職って道が開けるの」って言われたら、それも絶対とは言い切れないのよね。こればっかりは半分運みたいなもんだし。逆に、うちの大学でも永久就職した子はいるし。誰とは言わないけど。それより、「永久就職って日本語使うのやめてよ」って言いたくなるんだけどなぁ。

「永久就職って、なんかそれだけのために付き合うのってやだなぁ。」

そのお~たにの意見は、正しいと思う。

「ま、深刻な話はこれぐらいにして、卒業旅行の話しようよぉ!」

私は、こう言った。

「卒業旅行の話って、さっきから卒業旅行の話してるんじゃないのぉ。大体、『卒業旅行は、お~たにの就職が決まってから行こう』って言ったの、恵美子だよ。」

そうだった。今年の頭ぐらいから、「卒業旅行はどこへ行こうか」みたいな話をしていたんだけどね。その時私が度々言ってたのは、「お~たにの就職が決まって、安心して卒業旅行に行こうよ」ってことだった。大体卒業旅行なんて、就職したらもう1ヶ月単位の休みなんて取れっこないと、半ば焼けっぱっちで行くんだから。それを思う度、なんで私はイタリアかアメリカみたいに、会社員が1ヶ月の夏休みを平気で取る国に生まれなかったんだろうなんてね。でも、「お~たにの就職活動がこれだけ長引くとは思わなかった」なんて今更言えるわけないから、私こう行ったのね。

「うん。そうだったよね。」

・・・と。多少皮肉な考え方なのかも知れないけど、お~たにって、急いで卒業旅行に旅立たなくったって、かまわない立場なのよね。その気になれば、いつだって何カ月単位の旅行が出来るわけだし。いっそ海外に移住したってかまわないんだし。そこで素敵な男性と巡り会えたら、まずは成功と見るべきだし。ウォールストリートの街角を、ニューヨークタイムズ片手にしゃなりしゃなりと歩く、仕事一本のキャリアウーマンになってもいいんだし。うまく行かなかったら、それはそれで人生なんじゃないかなって思うんだけどな。

・・・と、こんな感じで話してたけど、はっきりとまとまった結論は一つ。私の身の振り方と卒業旅行は、次回へと継続審議となりました。はい。

四十二、

もう町のあちこちで、大きなチョコレートが並んでいる。去年だったら、何を買ってどんなラッピングをしようかな、なんて頭を抱えるところなんだけどね。今年はどうせ寂しいだけだから、チョコレート売り場なんて行きたいとも思わない。だって、色めいた女の子がわんさか集まってるに決まってるもん。でも、もっと寂しいのは、もしチョコレート買ったとしても、あげる相手がどこにいるかわかんないから、宅急便で送るわけにも行かないってことなのね。
「いいじゃない。あんたはネットの会員相手にチョコレート配って回ったらいいんだから。」

道代の部屋へ遊びに行ったら、こんなこと言われたんだけどね。でも、私はそんな、ダイレクトメールばらまくような事をしたいとも思わないし。それに、もらった相手だって、明らかに義理チョコとわかってるチョコレートもらってもうれしくないだろうし。だったら、こんな無駄なお金の使い方ないと思うのね。

「だって、もったいないじゃない。あんなに男ばっかりの世界にいて、年に一回思いっきりポイントを稼げるときなんだからぁ。私、去年はだいぶ出費したけどな。もちろん、今年は一つだけなんだけどね。」

私曰く、やっぱりねって感じなのよね。そりゃあ他の人から見たら、もったいないぐらいの環境なのかも知れない。けど、道代みたいに、あっちこっちに媚び売って回りたいとも思わないし。

「ところで、恵美子は就職して東京へ行くんでしょ?」

道代は、思い出したようにこう言ったの。

「えっ・・・」

私、こんなこと聞かれるとは思ってもみなかった。それに、就職活動やってた頃は、絶対に東京へ行ってやるんだって思ってた。だけど、最近ではその意気込みもどこへやら。そもそも東京へ行きたがってた頃って、就職したらネットをどうしようか、なんて全然考えてなかった。そりゃあ、無責任と言われればそうかも知れない。でも、私だって人の子である以上、起こりうる全ての可能性を予測して行動するなんてできるわけないし。

「違うのぉ! 私、恵美子が就職して引っ越すって聞いたから、てっきりそうだと思ったんだけど。」

道代は、私がなぜ東京へ行かないのか不思議だと言わんばかりに、こう言ったの。私は、何も答えられなかった。

「だって、言ってたじゃないの。去年だったか、おとどしだったか。『私、ひろし君を追っかけて東京へ行く』って。あれ、言ってなかったかなぁ。まあいいや。でも、ひろし君が就職して、東京へ行くとか行かないとか言ってた頃に、そんな話してなかったっけ。」

そう。私が東京へ行きたいって思っていた一番の理由が、それだったの。確か、私と道代が大学3回生の12月頃、ちょうどひろし君から「東京へ行く」って告げられら頃、そんな話をしていたのを今でも覚えている。あの頃は、東京へ行く、ううんひろし君をつなぎ止めるためには、手段を選んでなかったなって今でも思ってる。でも、それも今では自信を無くし気味。だって、私がひろし君に当てて送ったメールは、未読状態。それどころか、ログを見ても、ひろし君が私のネットに来た形跡は見当たらないし。と言うことは、ひょっとしたら私のことなんか忘れちゃったのかな、みたいな感じで、言い様のないくらい自信をなくしてる今日この頃なのよね。

「確かに、あの頃はそんな事言ってたような気がするけど、最近では自信無くしちゃったな。あれからひろし君と連絡取ったわけでもないし。まして逢ったわけでもないし。何のためにネットを始めたのかなって・・・。」

私は、言葉少なげにこう言った。

「んじゃあ、どうするつもりなの? ひろし君のことさっさと諦めて、ついでに就職まで諦めるわけ。だったら、恵美子のひろし君、あたしもらったげてもいいわよ。」

道代のやつ、何を言い出すのかと思ったら、こんなこと言ったのね。「欲しかったら自分で探せ」って危うく言いそうになった。言いそうになったけど、言わなかった。確かに、シスオペ続けるってことは、少なくとも就職は諦めるってことなんだし、だからこそ悩んでいるのも事実なのよね。とは言え、何もそういう言い方しなくたっていいじゃないのっ。大体、将来の旦那様の立場は一体どうなるのよ。なんてことを言ったら、道代の奴、こんなこと言ったの。

「いいじゃない、愛人が一人や二人ぐらいいたって。それぐらい男にもてる綺麗なママじゃなきゃ嫌だもん、ねっ。」

なんて言いながら、両手でお腹のあたりさすってるんだもん。全く、つい最近まで死にたい死にたいって大泣きしてた奴のせりふとは思えないわよ。あれで少しは懲りたかと思ったら、全然懲りてないんだもん。道代のおなかの中の赤ちゃん、ママの性格を知った途端に家出するんじゃないかしら、なんて他人事だけど心配になったりする。少なくとも、私の親がこんな性格だったらそうするけど。

私、あんまりにも腹が立ったから、それから部屋に帰っても虫の居所が悪かったのね。で、憂さ晴らしって言ったら申し訳ないけど、かなえちゃんを呼んでサテンで色々と話し込んでたのね。で、さっき道代と話してた内容が、そっくりそのまんま話のネタになったのね。で、かなえちゃんがこんなこと言ったのね。

「でも、どちらかって言うとやっぱり就職したいんでしょ?」
「そりゃあ、少なくとも道代にひろし君取られるぐらいだったら、絶対東京へ行った方がましってもんよ。」
「そりゃあ、そうかも知れませんけど、ひろし君が東京にいるとは限らないじゃないですか。」

かなえちゃんにそう言われて、私ははっとした。およそ一年前、ひろし君が東京行きの新幹線に乗って、扉が閉まってゆっくりと動き出す瞬間の、あのひろし君の寂しそうな顔。涙で曇ってたけど今でも目の前に浮かんでくる。でも、ひろし君が終点まで乗ったかどうかは、私にもわからない。もし終点まで乗ってたとしても、東京のめまぐるしい生活に疲れて、また京都に戻ってるかも知れない。

「仮に東京で暮らしてたとしても、人事異動で転勤になってるかも知れませんよ。」

私の大きな誤算、それは今ひろし君と音信不通ってこと。私、ひろし君がいなくなった後、例えば毎月一回新幹線新幹線に乗って、京都まで戻ってきてくれるとまでは行かなくても、少なくともメールでお話ぐらいはできると思ってたのね。だって、ユーバーンって昔ひろし君がシスオペしてたネットだし、今私がシスオペしてるネットなんだから、たまにはアクセスしてくれると思ってたの。だから、ネットで色々とおしゃべりして、それでどうしても逢いたくなったら、私が東京まで遊びに行ったらいいと思ってたしね。でも、実際はどうかって言うと、あの未読のままのメールがぽつんとあるだけ。最初のうちは、きっと東京での生活も、会社員としての生活も、慣れてなくてアクセスできないでいるのかなって思ってた。でも、今ではあきらめの極致かな。

「じゃあ、このままひろし君のアクセスを待ちますか? それとも、東京へ行ってみますか? 東京へ行ったとしたら、少なくともオペレーターになりたいって言う恵美子さんの夢は叶いますよ。でも、もしこのまま待っていたとしてら・・・。」

かなえちゃんがこの続きを喋ろうとしたその瞬間に、私はわざとらしい空元気でこう聞いたの。テーブルから身を乗り出してね。

「ねぇ、普通の会社の人事異動っていつあるの?」
「そうですねぇ、普通は二月か三月・・・要はちょうど今頃ですね。」
「もし・・・もしもよ。ひろし君が今京都か、ううん近畿だったらどこでもいいから、U-bahnに簡単にアクセスできて、簡単に逢えるところにひろし君が今いたとしたら、ひろし君メール読んでくれてるかなぁ?」
「うーん、よほどの事情でもない限りは、少なくともアクセスはするはずだと思いますよ。」

かなえちゃんは、ちょっと考え込んでこう答えたのね。

「決めた!」
「え、何を決めたんですか?」
「内緒! 明日ボードで発表するから。」

そう言い残して、私はテーブルの上の伝票を取って、サテンを飛び出したの。

四十三、

私の決断。それは、もしあのメールをすでにひろし君が読んでいたら、シスオペを続けようってこと。だって、メールを読んでるってことは、少なくともアクセスはしているってことだし、だとしたらきっとそのうち返事くれるんじゃないかって。でも、もしまだ未読だったら、シスオペやめてちゃんと就職するしかないかな、みたいな感じで。なんとなく、さいころ振って決めてるみたいな感じはするけど、そうでもしないと決まりそうにないから。それに、ふとカレンダーを見てみると、もういくつ寝ると、私が就職すると言う会社に行って、入社前研修なんてものを受けさせられる事になっているのね。たぶん、ここで引っ越しがどうのとか、勤務先がどうのとか言う話も、ついでに出てくるんだと思うんだけどね。と言うことは、就職するのをやめるんだったら、遅くてもここまでに話をしておかないと・・・

そう思い立った私は、大きく深呼吸をして、ひろし君に送ったメールを調べてみたのね。

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「お手紙」 (1/70) 93/07/31 22:23
タイトル:お元気ですか
118bytes UVAN1:キューティー吉本

164:164君(未読) not read yet

次のメールを確認しますか Check the next mail? ([Yes],Delete,Read,Quit):Y
メールチェックを終了しました。

Main Command (?:説明 help)>
---------------------------------------

そうか・・・やっぱりまだ読んでなかったか・・・

その時、私は鏡を見てなかったけど、ひろし君が乗った新幹線を見送った、あのときと同じ顔をしてたんじゃなかったかな。だって、しばらくの間、画面を見たまま何もできなかったし、何をしたいとも思わなかったし。それに、目の前のディスプレイが、はらはらとにじんで来たし。しまいには、映っているのが文字だか何だかわかんなくなってきたし。ただ、外の空気が吸いたくなって、ふらふらとコンビニ行って、缶チュウハイ買って来て、ゆっくりと飲んでそのまんまベッドに入ったってところかな。だって、そうでもしていなかったら、きっと今晩は眠れなかったと思う、悲しくて寂しくて。

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1522/1522) 94/02/18 08:03
タイトル:突然ではございますが・・・
1010bytes UVAN1:キューティー吉本学長 Command (?:説明 help):R

アクセスして下さっている皆様に、重大なお知らせがあります。
それは・・・

今月の下旬か来年の上旬ですが、引っ越しします。

・・・と言うことです。

実の所、就職の都合で京都を離れることになったんです。ですが、まだ具体的な
行き先とか、引っ越しの日程とかは決まっていません。現在決まっているのは、
入社したら女子寮に入ることになっていると言うことだけですけどね。

・・・と、もし私が普通の女子大生だったらここまでで話が済むのですが、残念
ながら私はシスオペという身の上なので、もし私が引っ越したら今後このネットは
どうするのって言う話になってしまうのです。結論から先に言いますが、このまま
ではU-bahnは閉局という形になってしまいます。でも、もし心有る方がいらっ
しゃいましたらU-bahnの三代目学長になって下さいませ。先代学長から引き
継いだ機材一式と回線をそっくりそのまんまお渡しいたします。

それでは・・・

キューティー吉本
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この文章を書くときに考えたこと、それは自分の置かれている立場を素直に書くことだけ。事実、道代は私が東京に行くって信じ込んでいるみたいだけど、実はまだ東京に行くって決まった訳じゃないの。ただ、入社したらオペレーター職に就いて、女子寮に入ることになっているから、東京行きの可能性が高いって言うだけの話なのよね。ただ、ホストコンピュータは東京と大阪にあるって話だから、ひょっとしたら大阪配属かも知れないし、それは私じゃ決められないのよね。

書き終わった後、なぜか頭の中のもやもやがすっきりとして、吹っ切れたような感じが来た。まあ、シスオペになったら、いつかは書かないといけない文章なんだし、みたいな感じで。でも、何だか落ちつかないから、どっか行こうかな? どっか行くにしても、一人じゃつまらないから、おきよでも誘おうと思って電話したの。

「もしもし、おきよぉ。」
「あ、恵美子ぉ。どうしたの。」
「・・・読んだ? メッセージ?」
「メッセージって? 何の?」

そりゃ読んでるわけないよね。さっきアップしたところなんだから。自分で書いたメッセージは、一瞬にしてみんなが読んでいるような錯覚に陥るから、気をつけないと。

「実はね、シスオペ辞めることにしたんだぁ。」
「ふーん。」

おきよの口振りからして、何で辞めるのと言うよりは、やっぱりねって言いたいようだった。

「・・・で、恵美子ぉ。辞めるって、やっぱり就職?」
「うん。でね、辞めるって決めたからぱーっとやろうかなって。」
「へ?」
「だからぁ、おきよとどっか行きたいなぁって。」
「どっかって、どこへ?」
「どこでもいいわよ。例えば今からアメリカあたりに行って、ぱーっと遊んできてもいいし。」

私、そう言った後でちょっとオーバーだったかなって思った。もし、「いいわよ。今から支度するから、空港で待っててよ」って言われたらどうしようかと思ったけど。まあ、ここまで言ってしまえば、冗談と取ってくれるとは思ったけどね。

「ぷっぷっ・・・、恵美子ったら何を言い出すのかと思ったら・・・。」
「そんなにおかしい?」
「そりゃおかしいわよぉ。」
「あはは・・・。でも、今からって言うのは極端にしても、先が決まった途端に行きたくなったなぁ。海外。だって、就職したら何カ月単位の休みなんて取れるわけないし。だったら今のうちに行っておきたいなぁって。おきよもそう思わない?」
「そうねぇ、でももう予約で一杯じゃないの、卒業旅行。」
「やっぱりそうかなぁ・・・。ま、でも電話じゃ何だしそっち行こうか?」
「うん。」

そう言って、私はおきよの家へと行った。相変わらず、女の子の部屋には似合わない、おっきなパソコンがでんと座っている。ただ、以前みたいに埃をかぶる一方って感じじゃなかったけど。ま、それは私の部屋も一緒だけどね。

「ねぇ、恵美子ぉ。旅行へ行くって言ってたけど、行くとしたらいつぐらい?」

おきよはそう言いながら、白いティーカップに紅茶を入れて持ってきた。一口すすると、ほんのりとレモンの味がした。

「そうねぇ・・・、やっぱり3月かなぁ。2月は入社前研修とかあるし。」
「でも、3月になったら引っ越すんじゃないの。」
「うん。だから、引っ越しが終わった後に旅行かなぁ。」
「なんかハードねぇ・・・。」
「まあ・・・ね。でも、何かぼーっとしているよりは動いている方がいいし。」
「ぼーっとしてられるのも、今のうちよ。」
「その言葉、そっくりそのままおきよに返してあげるわよ。」
「ま、恵美子ったら。それはそうと、どこ行こうか?」
「遠いところ。」
「答えになってないじゃないのぉ!」
「そうかなぁ・・・んじゃあもうちょっと絞ってぇ、英語が通じて寒くないところ。」
「そうすると・・・、例えばオーストラリアとか、ハワイ・グアムとかになるんじゃないかなぁ・・・?」
「・・・任せるよ。私、そう言うの疎いし。どうせ、おきよが案内役になるに決まってるんだから。」

なんて言うと無責任に聞こえるけど、これは本当。私、大学で英語なんて勉強してるけど、実は日本から外に出たことがないのね。その点おきよは、ハワイに語学研修に行ってたり、休みとなれば日本を脱出してたりしてたから、私よりもよっぽど海外慣れしてるのね。当然、おきよはもうパスポート持ってるけど、私はパスポートを取るところから話が始まってしまうし。

「わかりましたよ。恵美子のために色々お勧めのやつ見繕ってくるから。でも、何かパンフレットのたぐいがあったら用意してよ。これも勉強だと思って。」
「勉強?」
「そうよ。だって、将来の彼氏がさぁ、恵美子は大学で英語勉強してたって知ってたら、海外のたぐいは恵美子に任せるんじゃない?」
「えーっ、でもそういうのって、普通男が色々引っ張るんじゃないのぉ。」

なんてことを話しつつも、頭の中はもう海の向こう側なのよね。帰りがけ書店で海外ツアー雑誌なんか読んでたり、道ばたでパンフレットがあったら持って帰ったりね。でも、ちょっと違うのは、これを読んで何を申し込もうかって使い方をするんじゃないの。ただ、頭の中が海の向こうだから、これを読んで海の向こうへ行ったつもりになるために集めてるって感じ。部屋に帰っても飽きもせずに読んでたら、いつの間にか何時間も経ってたりね。

四十四、

私も心配してたのが、ネットのメンバーの反応。まだ閉局と決まったわけじゃないから、みんな様子をうかがってるのかしら。一応は平静を保っているみたい。ただ、困ったのはこの人。

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1523/1523) 94/02/18 17:16
タイトル:きたーーーっ
→1522:突然ではございますが・・・/UVAN1:キューティー吉本学長
101bytes UVAN151:TAMAOKA Command (?:説明 help):R

そうか。ついにU-bahnも閉局かぁ。やっぱりちょっと寂しいですね。

学長が卒業して、就職するそうで、おめでとうございます。・・・と、ここで
提案なんですが、U-bahnの閉局記念(?)と学長の卒業・就職祝を全部
兼ねて、ささやかながらではありますが宴会やりません? 会場は、キューティー
吉本学長宅のホスト部屋で。いっしっし、一度でいいからシスオペGALの部屋を
覗いてみたかったんだぁ!

では、ご検討を。
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こらこらこらーーーっ! そんな事するわけないじゃないのぉ! うちの部屋は、人に見せるほどきれいなもんじゃない(少なくとも男の子の部屋よりはきれいかも知れないけど)し。大体、そうやって女の子の部屋にまんまと入ろうとしている魂胆が、見え見えなんだよぉ。ったく、そんな危険なことを私がするわけがありません。きっぱり。

・・・と、閉局かもしれないメッセージをアップしてから数日、やっとシスオペ候補生が見つかりました。ボード覗いてたら、こんなメッセージがアップされてたの。

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1547/1548) 94/02/20 02:51
タイトル:閉局はさすがに・・・
→1522:突然ではございますが・・・/UVAN1:キューティー吉本学長
101bytes UVAN4:Huck Command (?:説明 help):R

>どうするのって言う話になってしまうのです。結論から先に言いますが、このまま
>ではU-bahnは閉局という形になってしまいます。でも、もし心有る方がいらっ
>しゃいましたらU-bahnの三代目学長になって下さいませ。先代学長から引き
>継いだ機材一式と回線をそっくりそのまんまお渡しいたします。

U-bahnの3代目学長かあ。ぼくなんかちょうど大学2回だし、先はわかんないけどたぶん卒業まではここから移らないだろうから、引き受けてもいいかなあ(笑)

ともかく、このまま閉局と言うのはもったいないので、引き受けてもかまわないですよ。

Huck
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こう言ってしまったらU-bahnに来て頂いている人に申し訳ないけど、「もうネットのことなんてどうでもいいや」なんて思い始めてたのね。でも、三代目学長が見つかって、嬉しかったと言うよりはほっとしたって感じかな。でも、シスオペ業務を引き継ぐったって、パソコンの知識なんて人に自慢できるほど持っているわけじゃないし、一体何を引き継げばいいのかなぁ。それに、引き継ぎするってことは、必然的にお互いの部屋を行き来する訳でしょ? 夜中に襲われたりしないかな、って言うのが心配だったのね。で、こんなことを考えている時に、たまたまこんけいさんがログインしたの。で、チャットに引きずり込んで、いろいろ聞いてみたの。そしたら・・・

---------------------------------------
「Q」で、メニュー・コマンドに戻ります。「?」で説明が出ます。 Type "Q" then quit.
Chat (?:説明 help):
(こんけい)学長、長い間お疲れ様でした。
Chat (?:説明 help):え?
(キューティー吉本学長)え?
Chat (?:説明 help):ああ、そういうことね
(キューティー吉本学長)ああ、そういうことね
Chat (?:説明 help):
(こんけい)そういう事。
Chat (?:説明 help):でも、引き継ぎが大変そう。
(キューティー吉本学長)でも、引き継ぎが大変そう。
Chat (?:説明 help):
(こんけい)そうかなぁ?
Chat (?:説明 help):だって、私って人にいろいろ教えてまわるほど知識ないし。
(キューティー吉本学長)だって、私って人にいろいろ教えてまわるほど知識ないし。
Chat (?:説明 help):
(こんけい)少なくとも、知識のない人に引き継ぎするよりは
Chat (?:説明 help):それってもしかして、
(こんけい)よっぽどスムーズだと思うんだけどなぁ。
Chat (?:説明 help):それってもしかして、私のこと?
(キューティー吉本学長)それってもしかして、私のこと?
Chat (?:説明 help):
(こんけい)うーん、噂はいろいろ164君から聞いてるし。
Chat (?:説明 help):・・・・・(知識がないと認めざるをえないのが悔しい)
(キューティー吉本学長)・・・・・(知識がないと認めざるをえないのが悔しい)
Chat (?:説明 help):それに、他にも
(こんけい)わはは
Chat (?:説明 help):それに、他にも心配事はあるのね。
(キューティー吉本学長)それに、他にも心配事はあるのね。
Chat (?:説明 help):ほら、引き継ぎってやっぱり
(こんけい)何かな?
Chat (?:説明 help):ほら、引き継ぎってやっぱり私とHuckさんがお互いの家を行き来するわけでしょ?
(キューティー吉本学長)ほら、引き継ぎってやっぱり私とHuckさんがお互いの家を行き来するわけでしょ?
Chat (?:説明 help):
(こんけい)うんうん
Chat (?:説明 help):襲われないかどうか心配
(キューティー吉本学長)襲われないかどうか心配
Chat (?:説明 help):
(こんけい)へ?
Chat (?:説明 help):だってぇ、一応女の子だし・・・
(キューティー吉本学長)だってぇ、一応女の子だし・・・
Chat (?:説明 help):
(こんけい)ああ、そういう事か
Chat (?:説明 help):
(こんけい)それも、大丈夫だと思うよ。
Chat (?:説明 help):なんで?
(キューティー吉本学長)なんで?
Chat (?:説明 help):
(こんけい)だって、Huckは年上には興味ないもん。
---------------------------------------

がーーーん!!!

そうか。私から見たら、Huckさんって年下の男の子だったわけだ。そう言われてみれば、私が二十歳前後の頃って、二つか三つ年が違うだけでもおじさん・おばさんに見えてた。大体、これぐらい年が離れたら相手は大抵社会人だから、それも理由の一つなのかもしれないけどね。でも、この場合は立場が逆で、どうやら私がおばさんに見られてるってことらしい。まして、このケースでは年上の女性だから、年上の男性以上に立場が悪いのね。うう、それにしても、いつ犯されるかわからないのも問題だけど、興味の対象にすらならないのも悲しい物があるなぁ・・・。

こんけいさんの話では、私の心配事は別に気にしなくてもいいらしい。・・・とここで、普通ならメールで引き継ぎの打ち合わせってことになるんだけど、何せ時間がないから、会員情報を調べて直接電話することにしたのね。会員情報は、名簿代わりに使っちゃいけないことになってるし、事実、入会審査と年一回年賀状を送るぐらいにしか使ってないんだけどね。でも、この場合はホストの存続にかかわってくることだし、しかも一度顔を合わせているから、あえて使わせて頂くことにしました。幸にしてHuckさんの部屋は私の部屋から近いので、これから会おうかって話になったの。近所のサテンで待ち合わせたら、暗さのない声で

「や、どもども・・・」

ちょっと遅れてやってきたHuckさんは、およそ一週間ひげを剃ってなかったような気がしたの。そんなとこチェックするなって?

「あ、吉本ですぅ。」

三代目学長になられる方なので、私は席を立って深々とお辞儀をしたの。なんか、Huckさんの方がびっくりしたみたいだけど。

「で、早速なんですけど、引き継ぎなんですけどね。」
「え? ああ。そうですねぇ、まずは日程ですね。ホストの機材を動かす日と、電話の工事をする日をまず決めないと。これは、ホストの移設をするをする間は、ネットを止めないといけないし。それに、会員に通知しないといけないから、早く決めてしまわないと。」
「日程ねぇ・・・」

そう。私は何も考えていなかった。確か、私が二代目学長に就任した時は、電話の工事とホスト機材の搬入・設置を、全部同じ日にやっていた。ま、これはひろし君が車を持っていたから、できたのかも知れないけどね。確か、Huckさんも私も車を持っていないから、今度は大変。

「あ、それは僕が原チャリ持ってるから、何度も往復したら大丈夫だと思うけど。」

・・・と、Huckさんが言ってたので、今回はそれに甘えることにしたの。ま、日程はどうしても早く決めないと、電話工事なんかがあるからってことになって、きりがいいから3月1日にしようよって事になったの。で、この日は卒業式の次の日だから、結構気に入ってたりするんだけど。

「・・・で、ホストのシステムの使い方は大丈夫。U-bahnはNet-Cock使ってるし、まドキュメントさえあれば何とかなるから。ドキュメントが見つからなくても、どっかからダウンしてきたらしまいだし。」

・・・と、Huckさんに言われても、私何のことだかさっぱりわかんない。要は、機材さえあれば、使い方は何とかするよって事らしいんだけどね。私としては、ホストマシンの使い方を、必ずしも良くわかってるわけじゃないし(おいおい、よくそんなのでシスオペが勤まったなぁ)。機材だけ渡して、後は何とかしてくれる方がありがたいわ。

結局、引き継ぎの相談と言っても、完全にHuckさんに翻弄されて帰ってきたようなもんだな、こりゃ。で、結局名義人でないとできないとか何とかいう理由で、私が電話局に行って、名義変更とか移転手続とか言うのをやってきました。後は、ネットに移転の案内をアップするだけ。

四十五、

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No.1 \utv「101号教室(ウジテレビジョン)」 (1522/1522) 94/02/22 08:03
タイトル:本当にありがとう
101bytes UVAN1:キューティー吉本学長 Command (?:説明 help):R

ホストのお引っ越しは、3月1日になりました。まあ、卒業式の次の日ですね。
お引っ越しした後、Huckさんが三代目学長に就任します。電話番号も新しく
なります。

075-533-0762

です。お掛け間違いのないようにお願い致します。それから、お引っ越しの当日
午前8時~午後8時までの間はアクセスできませんので、予めご了承ください。

・・・と同時に、私はシスオペも卒業します。

ネットワーカーとして2年とちょっと。シスオペとして1年間、本当に楽し
かったです。何がどう楽しかったのか、うまく説明できない私ですけど。

まあ、最初の頃は失敗の連続で、電話が掛からないって頭抱えていたら通信中
だったとか、ESCシーケンスの文字がわわわーーーって出て来て(あの時は私
ワープロで通信してたんです)ワープロ君が壊れたんじゃないかって頭の中が
パニックになったり、オンラインで色々とメッセージ書きまくったりチャット
しまくったりしてたら電話代の請求書に涙したり、ね。初心者がしそうなミスは
全部やったんじゃないかなぁ。

そんな私もいつの間にか一人前のネットワーカーになってて、のほほんみたいな
ことしてましたけどね。それじゃあってことで、シスオペしようってことになってぇ、
また失敗の連続。164君のパソコンのHDD、何回フォーマットしたかなぁ。
最後にはとうとう怒られてぇ、「これ、ホストマシンでやっちゃだめだよ」なん
てね。

まあ、こんな私も皆さんのおかげでここまで(でも、やっぱり失敗ばかりって
噂もありますけどね)立派になりました。ほんとうに、ありがとうございました。

引っ越しした後でもネットワーカーしてるかどうかわかりませんし、また逢えるか
どうかもわかりませんけど、もし私を見掛けたら声を掛けてやって下さい。

ウジテレビアナウンサー
キューティー吉本
---------------------------------------

私も、こんなメッセージをアップして、感傷に浸る暇もなくお引っ越しの準備。実は、本当のお引っ越しも近かったりするんです。3月5日には荷物を運び出しちゃうんだけどね。あと2週間もあるから、一見すると早そうに見えるんだけどね。でも、この部屋の荷物を一切合財2~3日で箱詰めできるような、器用な性格じゃないの。だから、今からちょっとずつでも片付けとこうと思って。

ホストのお引っ越しは当日でないとできないから、取り敢えずはそのまま。だから、本当のお引っ越しの荷作りを、ちょっとずつでもしておかないと。なんだかんだ言って一人暮らしが長かったから、荷物も結構な物。ぽつんと一人で座ってたら、どこから手を付けていいのかわかんないけど。

「あたしの時は、楽なもんだったよ。だって、持って行く荷物なんて大したもんなかったから、宅急便で送ってはいおしまいって感じ。」

なんて道代は言ってたけど、親元に住んでた人と、一人暮らししてた人では、荷物の数なんて比べ物にならないですもんね。

「その代わり、引っ越した後が大変。だって何にもないんだもん。引っ越したその日なんて大変だったのよぉ。」

道代は、ちょっとなつかしそうな声で、こんなこと言ってたの。

「じゃあ今晩は手軽にラーメンでもって思ったら最後。コンビニ行って、ラーメンの袋を買ったまでは良かったけど、お湯を沸かそうと思ったらお鍋がないのね。それじゃあって、ミルクパンのちょっと大き目のやつ買って来て、お水を入れたんだけど、コンロがないことに気付いたのね。本当はちゃんとしたガステーブルが欲しかったんだけど、面倒臭かったからカセットコンロ買って来たの。で、やっとお湯沸かしてラーメン作って、お箸がなかったの。まあ、ラーメン鉢もなかったけど、お鍋から食べて何とかしたのよね。でも、片付ける時に洗剤とスポンジがない事に気付いたのね。もう、コンビニとかスーパーとか何往復もしてぇ。ラーメン一杯でいくら出費するの、みたいな感じでぇ。」

そう言いつつも、学食でラーメンすする道代。
「だから、恵美子もお鍋とかは持って行くと思うけどぉ。洗剤とか金物とかって、いっぺんにドカンって買い込んだら結構高いから、面倒臭くてもちゃんと持って行った方がいいよ。」

だって。なんか道代も、最近は髪を降ろして家庭的になったような気がする。

それじゃあってことで、お茶碗とかから片付ける事にしたのね。まあ、コーヒーカップとスプーンは、まだ使うから後回しにして。お茶碗は、もう箱詰めしてもいいわよね。調味料入れはどうしようかな? 片付けちゃおう。当分の間は、カップラーメンで我慢すればいいんだし。カップラーメンに飽きたら、ほかほか弁当もあるし。

ああ、やっぱりダメ。4回生ってこの時期暇してるから、片付けるつもりじゃないものまで片付いちゃう。台所用品ってあんまりさっさと片付けたら、後が大変なのに。やっぱり、あんまり使ってない物から箱詰めした方がよさそうだわ。えーと、あんまり使ってない物って言ったら、やっぱり押し入れの中かなぁ。それじゃあ掘り出してって思ったら、後が大変。例えば教習所で使ってたテキストとかが出て来たら、ハンドル操作もぎこちなく運転してた、第1段階の一番最初の教習の事を思い出したの。じゃあ教習終わろうかって事で先生と運転変わったの。そしたら、バックでぴったりと建物の隅っこに車止めてぇ。教習所をぐるぐる回るのが精一杯だった私は、「どうやったらあんなことできるのかなぁ」って超びっくりしたのを思い出したりね。そう言えば、私も免許を取ったのはいいけど、運転なんてしてないな。1回生の時は、別に不自由も感じなかったし。ひろし君と出会ってからは、どっか行きたい所があったらおねだりして乗せてもらってたけど。

こんな感じでいろいろと片付けてたら、何日か経ったら部屋が箱だらけになっちゃった。しまいには、私の居所はおろか、足の踏み場にも苦労する始末。挙げ句の果てには、ベッドまで片付けちゃったから、寒いのに毛布一枚でがたがた震えながら寝てるなんて。

「へぇ、3月5日になったんですか。」

引っ越しの荷物を片付ける合間に、かなえちゃんと喋ってたりする。そう言えば、かなえちゃんと喋っていられるのも、これが最後かもしれないなと思ったら・・・なんてね。でもね、最後だなんて私思いたくないし。これからかな、みたいな。

「かなえちゃん、荷物が片付いたら遊びに来てよ。」
「えーっ、そんな暇あるかなぁ・・・。だって、この辺りならともかく、恵美子さんとこって思いっきり遠いんだもん。」
「だからぁ、近くに寄った時でいいよ。引っ越し先は手紙で知らせるから。」
「私が遊びに行くって、いつになるかわかんないじゃないですか。」
「あ・・・そう?」

こんな感じで、どうもお別れって感じがしないのね。結局、この日も「それじゃあね」みたいな感じで帰っちゃったし。で、もっとお別れって感じがしないのが、おきよ。この前、近所のサテンで、ランチを食べながらしゃべってたら・・・
「恵美子ぉ、春休みの間一度遊びに行くからさぁ・・・」
「えっ???」
「だって、会社が始まったらいつ行けるかわかんないもん。」
「そりゃまあそうだけどさぁ。荷物片付いてるかどうかわかんないわよ。」
「荷物なんてすぐ片付いちゃうよ。」
「何だったら、3月6日に来てくれてもいいわよ。」
「何で3月6日なのよぉ?」
「いや、一緒に荷物片付けてくれないかなぁ・・・なんて。」
「恵美子ったらもうっ!」

・・・と、話の内容はともかく、その口ぶりには「別れ」と言う文字すらないのね。

「恵美子ぉ、引っ越しの片付け手伝うからぁ、2週間ぐらいお邪魔してもいいかなぁ。」
「えーっ、2週間もどうするのよぉ。」
「卒業旅行よ、卒業旅行。こんな2週間の旅行なんてもう出来ないんだからぁ。幸にして、ホテルは恵美子ん家があるから至って安くつくし。」
「そうそう、卒業旅行どうなったのよぉ?」
「ああ、あれねぇ・・・。結局、今からだったら間に合わないって、旅行会社の人に言われたの。」
「えーっ、じゃあ私の卒業旅行はどうなるのよぉ!」
「そうねぇ・・・頑張って飛行機の切符取るとこから始めてみたら?」
「できる訳ないじゃない。おきよみたいに旅慣れてる訳じゃないんだからさぁ。」」

こんな調子じゃ、卒業したらもう逢えないから卒業旅行なんて、一体誰が決めたんだろうって感じよね。いいのか悪いのか良くわかんないけど。

「そう言えば、道代の奴どうしてんだろうねぇ。」

ウエイトレスがサンドイッチを持って来て、暫くの沈黙から急に話題が変わったのね。

「さぁ・・・なんかこないだ話してみたら、一応まじめに主婦してるみたいよ。」
「もう主婦してるの?」
「さあ、彼氏と言うか、旦那と言うか、どっちになるのか良くわかんないけど、とにかくそういう人と住んでるかどうかは、私にもわかんない。」
「何それぇ!」
「でも、卒業式には出るみたいよ。」
「出られるのぉ?」

おきよが、不思議そうな顔をして、こう聞いたのね。私も何のことだか良くわかんなくて、両手でサンドイッチを握り締めたまま一瞬考えちゃった。

「出られるのって・・・ああ、そういう事ね。なんか、一応単位は強引に取ったみたいよ。」
「ふーん、良く取れたわねぇ。」

おきよは、同情と言うよりもあきれたような口ぶりでこう言ったの。

「ま、私も引っ越したら何とか縁切りたいわ。」
「心配しなくても、縁切れるんじゃないのぉ。だって、腹ぼて状態でそんな遠いとこ行くわけないもん。」
「それも、そうよね。」

なんてことを言いながら、二人で笑っていた。

その晩、おきよから電話がかかってきて、何かと思ったらこういうことだった。

「恵美子ぉ、ちなみに引っ越した後の恵美子ん家、お~たにも行きたいって。だから、私お~たにと一緒に行くから、泊まるとこよろしくね。」

ったく、お~たにもこんな遊んでる暇があるんだったら就職先探せよと言いたいわよ。それとも、私の近所で探すつもりなのかなぁ?

四十六、

卒業式は午前中にさっさと終わったの。で、これで会うのも最後かもしれないって事で、道代と学食で色々と喋ってたの。学食の脇の自動販売機からコーラのカップを取り出して、色々と喋りまくるのもこれが最後かもしれない。

「そう言えば、あんたもよく卒業できたわねぇ。」

と、半分呆れ返ったように言う私。

「そうよねぇ・・・」

と、道代はちょっと溜め息混じりに話してた。

「そりゃあ、私だってそう思うわよ。お腹に赤ちゃんできたってわかった時、大学辞めようかと思ったわよ。」
「大学辞めるだけで済んだ?」
「ううん、いっそ死のうかと思った。」
「もう、あの時大変だったんだよぉ。」
「だって、あの時ってホントどうしていいかわかんなかったもん。」
「私だって、道代から電話掛かって来た時は、信じられなかったわよ。」
「だって、相談できるって恵美子ぐらいだもん。『彼はネットで知り合って・・・』なんて話を出したってさぁ、恵美子ぐらいしかわかんないもん。」
「そうねぇ、何も知らない人に話したら、きっと『ダイヤルQ2か何か』を想像するだろうねぇ。でも、よく思いとどまったわね。」
「だって、死ぬの怖かったんだもん。」
「何それぇ?」

ここで、ちょっとの間沈黙が流れたの。私も何を話そうかちょっと考えた。その結果は、これ。

「ねぇ、道代。本当に産むの?」
「わかんない。彼が欲しいって言ったら産むし、もし要らないって言ったら・・・」
「言ったら?」
「やっぱり死のうかな?」
「何言ってるのよぉ、道代。さっき死ぬの怖いって言ったばっかりじゃないのぉ。」

と、4年間の出来事を振り返っては、道代と二人で大笑いしていたの。この調子だったら、道代も死にたいなんて頭の中にはないはずだし。次に出会う頃には、赤ちゃん抱えたお母さんになってるだろうねぇ、道代は。もし子育てに追われてすっかりふけ込んで、完全におばさん状態になってたとしたら、町ですれ違っても道代だと気付かないかも知れないね。ううん、もう会うこともないかも知れない。

私は空っぽの紙コップを机の上に置きっぱなしにして、席を立ったの。

「道代。じゃあね。次に出会う頃は立派なお母さんかもしれないわね。」
「三途の川かもしれないわよ。」

なんてことを言いながら、道代とは別れたの。でも、まだ大学を離れたい気がしなかったから、適当にうろうろしてたのね。体育館の前の、ちょっと広くなった空き地のところに、お~たにがいたの。お~たにも、大学の中をうろうろしてた。何をするわけでもなく。

「お~たにっ!」
「あ、恵美子ぉ!」

お~たには満面の笑顔で、両手を振っていた。

「なんか卒業したくないねぇ・・・。」

私は、こう言った。体育館の前の階段に、ちょこんとだけ腰掛けて。

「結局、就職は決まらなかったし。来年再チャレンジってとこかな? あーあ、留年できるもんだったら、留年したいわよ。だって、もし留年できたら、私来年も新卒ってことになるんでしょ?」

お~たにも、私の隣に腰掛けて、こう言ったの。空を見上げて、でもため息をついて。

「そういう人聞きの悪いこと言うんじゃないのっ! 世の中には、就職が決まってるのに卒業させてもらえなかった人だっているんだから。」
「恵美子、卒業したいの?」
「できればずっと大学生でいたい。」
「何それぇ!」

なんて話をしながら、二人で笑ってた。

「でも、なんかお別れって感じがしないな。」

私がこう言ったの。

「そりゃそうだろうなぁ。私もお別れって感じがしないし。それに、今度惠美子んとこにご厄介になるんだから。」
「へ? ああ、そう言えばおきよがそう言ってたな。お~たにも来るって。」
「うん。就職が決まるまで、よろしくねぇ。」
「何馬鹿なこと言ってんのよぉ。会社の寮なんだからぁ。」
「そうなの? ワンルームマンションだって、おきよから聞いたんだけど・・・。」
「そりゃそうなんだけどぉ、マンションごと会社が借り上げてるから、寮みたいなもんだよ。大体、うちの会社の社員しか住んでないんだからぁ。」

・・・と、いくらまた会うとは言え、大学で喋るのが最後って感じもなく、いろいろと喋ってた。

この際だからって事で、私は遠回りして駅へ向かう事にしたの。そう言えば、時間が掛かるからって、こっちの道を帰ってたのは、確か1回生のバリバリの新入生だった頃。近道を覚えてからは、4年間全然通ってなかった道。そんな道を歩いていたら、角を曲がる目印にと覚えていた小さなお酒屋さんが、24時間営業のコンビニに変わってた。

「へぇ~、いつの間にこんなのできたんだろう。」

その他、お化けでも出そうな古アパートが、ワンルームマンションに建て変わってたり。夕暮れ時にはぼんやりと暗くなって、今にも痴漢が潜んでいそうな薄気味悪い竹林が、おしゃれな並木道に変わってたり。確かに、道そのものが変わった訳じゃないから、ちょっと考えればわかるんだけどね。

駅に着く頃、私は4年間って実は長いんだってことを知ったの。1回生の頃にテキストを忘れた時、何も言わずにすっと貸してくれた男の子の顔も、今では覚えてない。2回生の頃に、授業の英語ディスカッションで色々話してた女の子の顔も。大学の中では、きっと何度も顔を合わせているはずなんだけどね。

どんな物でも、月日が経てば古くなって行く。例えば、あのお酒屋さんだって、ピカピカの新装開店だった頃があったはず。それが、時間と共に段々古くなって行って、新しい物に変わって行く。同じ様に、人だって時間が経てば変わって行く。会ってないからわかんないけど、1年間と言う時間がひろし君を変えているはず。今ではもうどんな顔だったか、写真を見ないと思い出せない。だから、私がこれから住もうとしている町に、もしもひろし君がいたとしても、きっと私は気付かないと思う。ひょっとしたら、今のひろし君は、私が好きだった頃のひろし君と違うかもしれない。私はそれをちゃんと受け止めておこう。そう決心して、ホストマシンの電源を切ったの。

四十七、

辞 令

三級職 吉本恵美子殿

東京本社 マシン管理部 勤務を命ずる

大和情報システム株式会社
代表取締役社長 後藤 哲