ああ、祇園祭なんて...


 今日は八坂さんのお祭りの日。明日になれば、山鉾が京都の町中を練り歩く。

 7月に入ってから、四条通りは賑やかになる。いや、別に7月でなくても賑やかなのは賑やかだけど、それがもっと賑やかになる。いや、賑やかと言うよりは、なんとも言えない、いかにも京都という雰囲気が漂って来る。いかにも平安時代の古典で出て来そうな笛の音・太鼓の音が一日中流れ、四条通りは山鉾を作るとか何とかで1車線がずっと規制される。とにかく、京都では年中で一番のお祭りなのだ。

 宵々山、宵山となるともう大変。四条通りは人で埋まってしまう。もちろん車は通ることができない。となると、交通機関はもっぱら電車になってしまう。電車が京都に近づくにつれて、浴衣姿の女の子がちらりほらり。夏っぽく真っ黒に日焼けして、赤い口紅に薄い紺色の浴衣に草履着て、片手にアイスキャンデー、もう片手にうちわを持って、まるで子供のように電車の中を無邪気にはしゃぎ回ってる女の子。それかと思うと、どこの馬ともわからない男の腕の中ではしゃぎ回る女の子。そのうち浴衣姿ばかりになってきて、四条の駅の出口へと吸い込まれて行く。

 ああ、紺色に紫陽花の浴衣姿が、まぶし過ぎて泣きなくなる。

 そう言えば、別れようって君が言い出したのは1ヶ月ぐらい前だっけ。もちろん、俺も俺なりに感付いていたから、「やっぱりなぁ」と言うのが実感だった。だって、宝ヶ池の公園で、口付けの後泣いてたし、俺が待ち合わせの場所に遅れた時に君がずっと聞いてたカセットは、きっと彼からのプレゼントだし。だから、別に別れ話が出て来てもおかしくはないだろうとは思っていた。でも、あの時約束してた「今年の祇園祭は二人で行こうね」って約束だけは守って欲しかった。

 1週間前、俺は彼女にこっそりとメールを送った。四条の駅の改札で待ってるから、と。君が来るかどうかは、はっきり言って自信はない。取り敢えず、メールはすでに読まれていたから、改札前で待っていた。

 改札を通り過ぎるのは、彼氏連れの浴衣姿ばかり。昔、母と連れられて祇園祭に行った時にはおじさんばっかりと思っていたのに、今となっては若いカップル姿が目につくのは、君を待ちぼうけているからだけなのだろうか。

 そのはしゃぐ姿の中に、ぽつんとうつむき加減の浴衣姿があった。それが彼女だと言うことは、すぐにわかった。なぜって、悲しそうな顔した女の子は、この雰囲気では逆に目立ってしまうから。

 良く見てみると、彼女はあの頃より顔立ちが丸々としていて、ちょっと太ったみたい。それはなぜなのか俺にはわからない。

 君は、「ごめん、待った?」とだけ言って、ずっとうつ向いていた。今年の冬は、半分凍えそうに震える君を、抱きかかえるようにして歩いたものだった。それが夏になって、手が触れるか触れないかぐらいの距離で歩いている。別に、暑いからと言う訳じゃないけど。

 ああ、嘘でもいい。嘘でもいいから、今日だけは恋人の振りをして歩いて欲しい。それは、俺のわがままなのだろうか。

 山鉾がもう少し良く見えるかと思っていた。でも、見えるのは人だかりばっかりで、山鉾はちっとも見えない。ただ、回りで盛り上がっている雰囲気だけが身体中に電気が走るほど伝わって来る。その人だかりの至る所で、フラッシュが光っている。でも、彼女の彼氏には内緒だから、写真は全然取らなかった。

 じゃあ責めてハンバーガーでも食べようかと、木屋町通りの片隅のハンバーガーショップへ誘った。もちろん、中はカップルばっかり。別に俺だって...と強がりしか言えないのが寒すぎる。ねぇ、お願いだから目をそらさないで。

 そう言えば、まだ「好き」とも言ってなかったような気がする。なぜ素直にそう言えなかったのだろう。それは、彼女を失ってから気付いた事かもしれない。冬の日には確か、「ずっと一緒にいようね」とは言ったような気がする。でも、それは結局嘘になってしまったけど。

 「それじゃあ」とさよならさえうまく言えない俺が、あまりにも情けなかった。離したくないとも言えない俺は、一体何なのだろう。すごすごと切符売場で小銭入れを取り出す彼女。もちろん長打の列だから、今ならまだ彼女を止められるのかもしれない。でも、それもできない俺が、あまりにも悲しかった。

 とか何とか言いながらも、来年の今頃には他の誰かさんを連れて祇園祭に行っているかもしれない。俺が、君のことを忘れられるのは、その時かも知れない。でも、その日が果たして来るのか、今の俺には何とも言えない。