I miss you...


 マーキーが死んでから、もう3週間になる。あいつが生きてた頃、俺とよりツーリングに出掛けた物だ。土曜日の夜中の2時にチャットしたら、

「conK、お前暇か?」
「ああ。」
「んじゃあ、今からツーリングに出掛けようか。」

 と言う話しになった物だ。で、俺は眠い目をこすりながら、あいつと一緒に琵琶湖畔をバイクで走らせた物だった。あいつの語り草は

「あーあ、もう点数ないなぁ。」

 だった。

「俺も点数ないよ。」

 と言ったら

「じゃあ、どっちが先に免許取り消しになるか賭けしようか。」

 と、笑ってたっけ。

 去年の暮れには、一緒に限定解除の試験を受けに行った。もちろん、教習所には行かずに、河原で夜も忘れて練習してた。でも、なかなか受からなかった。やっと2人揃って受かった時。

「今度は、ナナハン買おうな。」

 と、朝まで喜んでたっけ。結局、これはかなわぬ夢に終わったけど。

 そんなマーキーも、3週間前にネットのやつらとツーリングしてた時、交差点で信号無視して飛び出して来た車と衝突してしまった。話しでは、ほとんど即死だったらしい。あいつの赤いテールランプも、今は粉々になってあの悪魔の交差点の角に飾られた赤い花に変わってしまった。

 マーキーには、彼女がいた。ハンドルネームは猫。彼女とはこのネットで1年ぐらい前に知り合って、昼間のツーリングではよくマーキーのバイクの後ろにまたがっていた。ちょっと怖そうにマーキーに抱き付いたまま、あいつと一緒に風を感じていた彼女。サービスエリアでの彼女は、底抜けに明るかった。マーキーの彼女であると同時に、俺達のマドンナでもあった彼女。そんな彼女に話し掛けたらいつも

「もう、彼ったら運転が荒いんだからぁ。」

 と笑っていた。でも、

「本当は、あんまりバイクに乗って欲しくないの。でも、彼からバイク取ったら何にも残らないでしょ? だから、責めて安全運転して欲しいんだけど...」

 と、瞳を陰らせていたっけ。

 ツーリングが終わったら彼女を家に届けて行ったりもした。

「conKすまん、あいつバイクで送るって言ったら嫌がるんだよ。悪いけど車で送ってやってくれよ。」

 そう言って彼女を俺の駐車場で降ろした。マーキーは車を持っていなかったから、俺の駐車場までバイクで行って、俺の車の後部座席にマーキーと猫が隣り合って乗ると言うわけだ。

「悪い、俺缶コーヒー買って来る。」

 と、マーキーがコンビニに走って行ったら、車の中は彼女と二人っきりだ。

「マーキーにバイクで送ってもらったらいいのに。」

 俺は、猫にそれとなく聞いて見た。

「なぜなんだろうねぇ...」

 彼女は、ちょっと寂しそうな顔をした。

「本当は私バイクってあんまり好きじゃないからなぁ。なんでバイク好きの彼氏なんか作ったんだろうなぁって思う時もあるけど。でも、マーキーが好きだからなぁ。」

 そんな彼女も、あの悪魔のような夜からネットには現れなかった。思うに、マーキーからバイクを取れなかった後悔の波に飲まれてしまったのだろう。確かに、マーキーとはこのネットで知り合った訳だし、あまり行く気がしなくなるのは俺にもわかる。それに、バイクと猫、どっちを取るかとマーキーに言ったらそれは究極の選択になってしまうであろう。悩んだ挙げ句、「猫をバイク好きにしてみせるさ」と帰って来るに決まっている。俺は別にマーキーからバイクを取り上げられなかった彼女を責めるつもりはない。いや、彼女は被害者なのだ。それは誰の目から見ても明らかだ。

 そんな彼女が、3週間ぶりにネットに帰って来た。

「みんな、心配かけてごめんね。」

 で始まるメッセージが、このネットにアップされていたのだ。ネットのやつらは安心した。もちろん、俺も安心した。

 でも、3週間彼女は何をしていたのだろう...

 あれから、マーキーの死は過去の物になりつつあった。ネットには、いつもの明るさが戻った。猫も戻って来た。いや、ひょっとしたら彼女は平常心を装っていただけなのかも知れない。しかし、それは誰も気を止めなかった。猫に気遣いしてた俺達の間では、マーキーにまつわる話しは一切タブーとなっていた。そして、マーキーの話しは誰もしなくなった。

 でも、彼女はどこか違う。ネットにツーリングの案内をアップしても、彼女は乗って来ないのだ。

「ごめん、用事があるから・・・」

 と言っては、ずっと参加しないままだった。

「まあ、仕方ないんじゃない? ちょっと寂しいけど。」

 と仲間内ではメールで話してたけど。

 ある日、「バイクがダメなら呑み会にしようよ。これなら猫ちゃんも来てくれると思うよ。」と言う話しになった。そして、バイクなしの呑み会の案内がボードにアップされた。俺は、「最近逢ってないしみんな寂しがってるからおいでよ」というメッセージをつけて、その呑み会の案内を猫にメールで送った。彼女は戸惑いつつも、参加してくれた。

 久しぶりに見る彼女。前にツーリングで逢った時より、ちょっとやつれて見えた。「バイクの話しはしないことにしよう」と言うことになっていたから、みんなだんまりを決め込んでいた。どうやら俺達からバイクを取ったら何も残らないらしい。

「ねぇ、みんな私のことは気にしないでよ。バイクとかツーリングとかのの話ししたってかまわないからさぁ。」

 と平気を装う猫。最初の内は何もしゃべらなかったやつらも、1人がバイクの話しを始め、やがて2人、3人と気がついたらみんな話しをし始めた。その隅の方で何やら物思いにふける猫。俺は、むしろ彼女の方が気になった。

「それじゃあ、俺送って行くから。」

 とやつらとは別れて、俺は彼女と2人で国道の歩道を歩き始めた。

「やつらからバイクを取ったら、何にも残らないからなぁ。」

 と俺が話しを始めながら横断歩道を渡り始めた瞬間。猛スピードのバイクが俺と彼女の1メートル程前を駆け抜けた。信号無視だ!

「バカヤロー、どこ見て運転してんだよ!!!」

 と走り去るバイクのテールランプに怒鳴る俺。でも、テールランプはあっと言う間に小さくなって、視界から消え去った。

「ったく、あんな運転してたらしまいに事故るぞ!」

 とつぶやいた俺は、ふと彼女の方を向いた。彼女は口元に掌をあてていて、顔はすでに歪んでいた。俺は一瞬「しまった」と思った。そうだった。彼女に向かって事故るという言葉は禁句だった。それを忘れていた俺は、ふと口にしてしまったのだった。

 見る見るうちに彼女は後ろを向いて、その場にしゃがみこんでしまった。そんな彼女に俺は何もすることはできなかった。しまいに彼女は、叫び声とも言える泣き声をあげた。俺は茫然としていた。ただ、その横で何度も点滅する信号機が皮肉だった。

 ひょっとしたら、猫はもうあのネットには来ないかもしれない。俺はそう思った。だが、その翌朝、彼女からの「ありがとう」メッセージがネットにアップされていた。俺は心の中にもやもやが残っていたが、取り敢えずほっとした。

 でも、やっぱり気になる俺は、彼女の部屋の前を通りかかって見た。彼女が住んでいるワンルームマンションの前に、信じられない物が置いてあった。それは、中古の中型バイクだった。女子大通りにあるこのワンルームマンションは、確か女の子しか住んでなかったはず。誰かバイク好きのとんでもない女の子でも引っ越して来たのかと俺はてっきり思っていた。

 そして、俺は彼女の部屋の前でベルを鳴らして見た。インターホンから返事は返って来なかった。もう一度鳴らして見た。やっぱり返事は返って来なかった。きっと留守にしているのだろうとふとバイクの方を振り返ってみると、まさに彼女がバイクにまたがろうとしていた。びっくりした俺は、彼女に駆け寄ってこう言った。

「猫ぉ! お前バイク嫌いじゃなかったのか?」

 ヘルメットをはずした彼女は、涙が浮かんでいた。取り敢えず、ここでは何だからと言うことで彼女を部屋に連れて行った。

「一体どうしたんだよ!」

 と叫ぶ俺。猫は、泣き声をあげながら俺に訴えた。

「わからない! わからないのよ!! マーキーが死んでから、私悩んだの。どうしてこんなものにマーキーを取られたのかって。どうしてマーキーがこんなものが死ぬほど好きなのかって!」

 俺は、ずっと黙っていた。

「だから、私も答えが知りたかったの。きっと私もやってみたら彼の気持ちがわかると思ったの。だから、大学休んで免許取って、ずっと走り回ってたの。でも、だめ。私にはわからない! ねぇ教えて! どうしてみんなこんなものに熱をあげるの!」

 俺は、少し悩んでから、こう答えた。

「なぜなんだろう? 俺にもよくわかんないよ。」
「なぜなの? なぜわけもなくこんな命張ってるの!」
「好きだから...かな?」
「どうしてバイクが好きなの?」
「好きだから好き...とした答えられないな。やっぱり。俺も、マーキーに『なぜバイクが好きなのか』聞いたことはないよ。でも、きっと同じ答えが返って来るんじゃないかな?」

 彼女は、ずっと黙っていた。

「いや、好きとか嫌いとか言う問題じゃないかも知れないな。あいつに取って、バイクって生活そのものだったと思うんだよ。猫ちゃん、あいつから生活を横取りできると思う?」

 彼女は、うつむいたまま首を横に振った。

「俺も、あいつに聞いたことはないけど、きっとあいつに取ってバイクが生活で、好きだったのは猫ちゃんだったと思うんだよ。」
「じゃあ聞くけど、conK君ってバイクが好きなんでしょう? じゃあ、あたしはどうなの???」

 俺は少し悩んだ。その間、2人の間には少し沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは、俺だった。

「うーん、猫ちゃんとネットで話したり、サービスエリアで喋ったりしているのが俺の生活かな?」

 涙を吹いた彼女は、頬が赤らんでいた。

「あたし、できるかしら。マーキーを忘れるなんて。」
「できるよ、きっと。」
「じゃあ、もし私がconK君に『バイクやめて』って言ったら、止める?」

 俺は、少し「おや?」っと思った。

「...自信ないなぁ。」
「あたし嫌よ。もう独りぼっちになるの。」
「ずっと俺のバイクの後ろにまたがってたら、一緒に死ねるよ。」
「嫌よ、あたしまだ死にたくないもん。」

 いつしか、彼女は俺にそう言いながら、少し戸惑いながらも微笑んでいた。

 そして、彼女の部屋に異変が起きた。それは、あの部屋の前に2台のバイクが並んでいることだった。