25歳 Twenty-five Years Old


 夕方6時過ぎの満員電車。背広姿のサラリーマンでぎゅうぎゅう詰め。疲れたような、ほっとしたような顔して、家路に急いでいる。そんな背広姿にもみくちゃにされてながら、まるで爆弾が一気に破裂したように矢継ぎ早に喋りまくっている黄色い声。毎度のことではあるけど、一体誰だろうと扉の脇の方を見ると、グリーンの制服姿の女子高生が話していた。彼女達はとにかくよく喋る。朝の電車の「おはよう」から始まって、昼間は休み時間にずっと喋っていて、夕方の電車で「じゃあね」で終わるのかと思ったら、まだ1時間以上も長電話。一体どこからあんな喋るねたが出て来るのかと不思議に思いながら、その話しを聞いていた。というより、半ば強引に聞かされたような物かもしれない。

 そんな中に、ふと僕の耳をついた言葉があった。

「え~、未緒ちゃんって彼氏いるんだぁ。で、どんなタイプ?」
「う~ん、会社員でぇ、25歳でぇ...」
「へぇ、彼氏って25歳なんだぁ。いいなぁ・・・」
「そう。大学生位ってさぁ、結構ちゃらちゃらしてるじゃない。その点、25歳の 男って落ち着いてるもん。」
「うーん、やっぱり男は落ち着いているぐらいの方がいいかな?」

 高校生って普通は大学生のお兄ちゃんに憧れるもんだと思ってた。けど、あながちそうでもないらしい。「おいおい、25歳っていくつ違うんだよ」と思いつつも。でも、25歳と聞くと寂しくなる俺ではあった。

 そう。あれは確か俺がもう少しで21歳になる頃だったか。俺は女に振られたのだった。彼女はネットワーカーで、1つ年下だったと思う。

 もともとこいつと付き合うことになったのは、うちの部屋にかかって来た1本の電話だった。

「あ、もしもし、大沢ですけど・・・。と言ってもわからないと思うのですけど、私ハンドルネームはえみりんって言います。」

 俺は、この声も、この名前も聞き覚えがなかった。少なくとも、ネットワーカーであることだけはわかったけど。

「あのぅ、教えて欲しいんですけど、パルスプラザってどこにあるんですか?」

 俺もネットワーカー。「自分で知っている事はみんなで分け会おう」という精神を持っていた。いや、今でも持っている。だから、やはり近所のことは・・・と思って詳しく場所を教えてあげた。でも、彼女は違う土地の人。いかんせん京都の地理には詳しくないらしい。事情を聞いてみると、どうやら次の土曜日にパルスプラザで友達の作品展をするらしい。その日は俺も暇だったから、バス停で待ち合わせて俺が案内する事になった。

 その土曜日、彼女は青いワンピースを来てバス停に現れた。ちょっと小柄で、決して美人タイプではないけど男が夢中になりそうなタイプの彼女。でも、やっぱり俺の記憶にはなかった。

「あ、順さんですか? この前はどうも。えみりんです。」

 どうやら彼女は俺の顔を知っているらしい。しかし、彼女とどこで逢ったのか、俺にはわからなかった。しかし、彼女とどこで出会ったのか、答えはすぐにわかった。

「この前のオフの時、席が離れたんで・・・。」

 この一言で、俺の記憶はつながった。そう、あれは1週間ほど前、30人ほどのネットワーカー達が飲み会をやろうかと言う事になって、俺も参加していた。もちろん、女の子は数えるほどしかいなかったけど、確かあの時オフがお開きになる寸前に、

「はじめまして、えみりんです。」

 彼女はその一言だけ残して帰って行ったっけ。

 取り敢えず、まだ作品展まで時間があったので、サテンで時間をつぶそうと言う事になった。その時、何を話していたのか俺の記憶にはない。ただ、覚えているのは、彼女は俺と1つ違いであることだった。

 その後、彼女はバスの中へと消えて行ったけど、別れ際彼女は

「ねぇ順さん、また神戸にも来てね。」

 そう言い残して行った。

 その夜、彼女からまた電話があった。と言っても、留守番電話だったけど。彼女は俺の耳に聞き覚えのある市外局番をテープに残していた。

 そう。彼女は神戸に住んでいた。俺は、京都に引っ越す前は神戸に住んでいたのだった。俺は早速電話してそれを話したら、彼女は俺が昔住んでいた家から自転車で行けるようなところに住んでいることがわかった。

「ねぇ順さん、来週は神戸で逢いたいな。」

 それ以来、俺と彼女は神戸と京都を行ったり来たりする仲になった。ある時はメリケンパークで回りの雰囲気に騙されてずっと抱き合ってたりした。またある時は、俺の車で宝ヶ池公園に行ってそそくさとつながってたりもした。二人がどうしても逢えない時は、メールのやりとりをしたり、こっそりとチャットしてたりした。そして、俺も段々彼女の事を好きになって行った。

 なぜ俺が俺が彼女を好きになって行ったのか。それは、彼女は決して同年代の女にありがちな夢を見なかったから。派手な生活には憧れない。自分の彼氏がどんな車に乗ろうと気にしない。食事の場所もこだわらない。遊園地には行きたがらない。飲みに行く時だって、別にあやしいおっさんが飲みに行くような一杯飲み屋でもかまわない。車だって、中古の軽でも大喜びする。高学歴・高収入・高身長と言われる男には見向きもしない。とにかく、俺にとって彼女は肩の凝らない女だった。

 俺が彼女にのめり込んで行ったのは、神戸と言う土地になつかしさがあったからなのかも知れない。子供の頃、母に連れられて歩いた、駅前の商店街。あの時広く感じた道も、大人になった今歩くとすっかり狭くなっていた。あれ、ここってこんな狭い道だったかなぁ、と話すと

「もう、あんたが大きくなったんでしょ?」

 と彼女は笑ってたっけ。

 ただ、彼女はいつも俺を惑わせるような事を口癖にしていた。それは

「あたし、本当は25歳ぐらいの人と付き合いたかったんだけど・・・」

 ということだった。

 そして、あれは冬の事だっただろうか。俺の留守番電話に、彼女からのメッセージが入っていた。

「ごめんなさい。私、彼氏ができたんです。もう電話は掛けません。さようなら。」

 俺は、何も言えなかった。考え直して欲しいとも、幸せになってとも伝えられなかった。そして、目の前の留守番電話がどんどんゆがんで来た。ああ、彼女のこんな罠に引きずり込まれた俺が馬鹿だったのかも知れない。電話で突然始まった恋は、電話でしか終わる事ができないのだろうか。

 それ以来、彼女から電話も掛かって来なかった。俺の電子手帳に入れてあった彼女の住所と電話番号も、いつの間にか消えてしまった。そして、彼女の顔も俺の記憶からなくなりつつある。でも、未だ疑問に思っている事がある。それは、彼女がどうやって俺の電話番号を調べたのか、ということ。きっと、永遠の謎となるのであろう。

 そんな俺も、来年で25歳。もし彼女と今再びめぐり逢えたなら、彼女は25歳の俺を愛してくれるだろうか。