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善光寺


信濃 善光寺 仁王門

長野に行ったら、ここへ行かないとダメでしょう。善光寺です。場所は、長野駅からバスで15分ぐらいのところにあります。バスの運賃は150円です。

善光寺大門のバス停からしばらく歩くと、仁王門が出迎えてくれます。現在の仁王門は、1918年(大正7年)に再建されたものだそうです。

信濃 善光寺 仁王門から山門までの参道

仁王門の先に山門があるのですが、参道にはお土産物屋さんや飲食店が立ち並びます。

信濃 善光寺 駒返り橋

駒返り橋です。源 頼朝が馬で参拝した際、ここで馬の蹄が挟まってしまい、ここで馬を返して歩いて参拝したという逸話が残っています。

信濃 善光寺 山門

山門です。重要文化財で、1750年に建てられたそうです。上層には仏間があり、文殊菩薩像や四天王像、四国八十八か所尊像が安置されているそうです。

信濃 善光寺 本堂

本堂です。中はかなり広いのですが、写真でお見せできないのが残念です。

信濃 善光寺 本堂

なので、もう少し近づいて撮影してみました。

信濃 善光寺 親鸞聖人像

親鸞聖人像です。浄土真宗の宗祖で、鎌倉時代に越後から東国への旅の途中で善光寺に参拝され、善光寺如来様の御前に松の枝を供えられたと言われています。

信濃 善光寺 濡れ仏

濡れ仏です。1722年(享保7年)に完成し、日本全国を行脚する巡礼者を供養するため、法誉円心が広く施主を募って立てたそうです。

信濃 善光寺 六地蔵

六地蔵です。輪廻を繰り返す6つの世界に現れ、迷いや苦しみから救ってくださる菩薩様です。右から順に、地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人界、天界の地蔵菩薩様です。

信濃 善光寺 大勧進

善光寺 大勧進です。

信濃 善光寺 旧如来堂跡地蔵尊

旧如来堂跡地蔵尊です。元々は、ここに本堂があったそうで、旧本堂の御本尊の如来様があった位置に建てられています。




高尾山薬王院


高尾山薬王院 四天王門

高尾山ケーブルカーの高尾山駅から歩いて10分ぐらいのところに、高尾山薬王院があります。ま、高尾山に来る人の目的は、大抵これだったりするのですが。最初に見えるのは、四天王門です。

高尾山薬王院 天狗像

四天王門をくぐった先に、天狗像があります。

高尾山薬王院 厄除開運願叶輪潜 この輪をくぐった後に大錫杖を鳴らすと願いが叶うそうです

天狗像の向かい側に、厄除開運願叶輪潜なる輪っかがあります。お願い事をしながらこの輪っかをくぐった後、その先にある大錫杖なる鐘をお願い事をしながら鳴らすと、願いが叶うと言われています。

高尾山薬王院 手洗所

で、ここはお寺だと思うのですが、神社みたく手を洗う場所があります。

高尾山薬王院 仁王門への道のり 札所と受付

ここから奥へと進んでいきます。左側が受付、右側が札所です。この先に、本堂への石段と、大本坊があります。

高尾山薬王院 仁王門と石段

「高尾山頂はこちら」って、高尾山頂へ行くつもりがなかったのでスルーしようと思ったのですが、どうやらこの石段を登ると本堂のようです。石段の上には、仁王門があります。

高尾山薬王院 大本坊

で、これが大本坊です。どうやらここは入れないみたいです。

高尾山薬王院 本堂 正面から撮影

で、これが本堂です。寺の建立は天平16年(744年)と言われているのですが、かなり立派ですね。

高尾山薬王院 本堂前の境内 この先に本社への石段があります

横から見ると、こんな感じです。この先に、本社への石段があります。

高尾山薬王院 鐘楼と愛染堂

鐘楼と愛染堂です。縁結びの神様だそうです・・・て、ここはお寺のはずなのですが、恐らく神社とお寺の明確な区別があんまりなかったころにできたのでしょう。

高尾山薬王院 大師堂

薬王院大師堂です。いつ建てられたかは資料が残っていないので不明ですが、恐らく江戸時代中期ごろと言われています。その後、3回の改修を受けまして、今の場所に移されました。

高尾山薬王院 本社への石段と大鳥居

で、本堂の先の石段を登ると、大鳥居があります。こうなると、完全に神社ですね。

高尾山薬王院 本社

これが本社、薬王院飯縄権現堂です。本殿が建てられたのは享保14年(1729年)、拝殿と幣殿が建てられたのが宝暦3年(1753年)だそうです。建てられたときは独立していたそうですが、のちに連結されて権現堂の形式になったそうです。

高尾山薬王院 本社から本堂前の境内を見る

境内から下を見ると、こんな感じ。本堂と仁王門が見えます。

高尾山薬王院 高尾山頂方面の石段 この先に奥の院があります

どうせだったら奥の院もみたい・・・が、「高尾山頂方面」と書いた立て看板がありまして、その先は急な石段が。

高尾山薬王院 奥の院

これが奥の院、高尾山不動堂です。元々は現本堂の場所にあったそうですが、明治43年に移築したそうです。




浅草寺


東京浅草 浅草寺 雷門

東京の観光名所として、あまりにも有名な浅草寺です。念のためではありますが、「あさくさでら」ではなく、「せんそうじ」と読みます。東京メトロ銀座線・都営浅草線・東武線の浅草駅から、歩いて5分ぐらいのところにあります。

写真は、これまたあまりにも有名な、雷門です。昼間はものすごい人なので、朝早くを狙いました。

東京浅草 浅草寺 仲見世通り

雷門から奥に入ると、お土産物屋さんが立ち並びます。仲見世通りですね。朝早い時間なので、どのお店も閉まっています。これが昼になると、あふれんばかりの人が集まります。

東京浅草 浅草寺 宝蔵門

仲見世通りの先にあるのが、宝蔵門です。この先が、いよいよ浅草寺の本体です。

東京浅草 浅草寺 本堂

正面にあるのが、本堂です。ここでお参りします。しかし、お寺なのにおみくじがあるのは一体なぜ???

東京浅草 浅草寺 二天門

本殿向かって右に曲がりますと、浅草神社の先に、二天門があります。慶安2年(1649年)に浅草寺の東門として建てられたと言われています。

東京浅草 浅草寺 五重塔 ただいま工事中です

五重塔・・・ですが、ただいま絶賛工事中です。なので、残念ながらその姿は見えませんでした。

東京浅草 浅草寺 旧石灯籠

旧石灯籠です。ここには元々高さ約5mの石灯籠があったのですが、倒壊の恐れがあるとのことで、平成16年(2004年)に撤去されました。今残っているのは、その石灯籠の一部です。

東京浅草 浅草寺 影向堂

影向堂(ようごうどう)です。元々は本堂の南東にあったそうなのですが、平成6年(1994年)に浅草寺中興開山慈覚大師円仁さまのご生誕1200年を記念して、現在地に再建されたそうです。

東京浅草 浅草寺 六地蔵石灯籠

六地蔵石灯籠です。伝承によれば、建立は久安2年(1170年)とも、久安6年(1170年)とも、応安元年(1368年)とも言われています。かつては元花川戸町あったそうですが、明治23年(1890年)に移転されたそうです。

東京浅草 浅草寺 金龍権現と九頭龍権現

左が金龍権現、右が九頭龍権現です。金龍権現は、浅草寺の山号「金龍山」から来ていまして、天より百寸ばかりの金龍が舞い降りて観音様をお守りしたとのことからこの山号がつきました。九頭龍権現は長野県戸隠山の地主神で、昭和33年(1958年)の本堂再建にあたってここにも来たそうです。

東京浅草 浅草寺 子育地蔵尊と商徳地蔵尊と出世地蔵尊

お地蔵さんが3体並んでいます。左側から順に、子育地蔵尊、商徳地蔵尊、出世地蔵尊です。

東京浅草 浅草寺 久米平内堂と平和地蔵尊

左側の青い昇りが立っているのが久米平内堂、右側が平和地蔵尊です。久米平内というのは人の名前で、江戸時代前期の藩士でした。実像は明らかにされていませんが、剣術に秀でているが故にたくさんの人を殺害し、その供養のために浅草寺の金剛院に住んで禅に打ち込んだとも言われています。

東京浅草 浅草寺 浅草不動尊

浅草不動尊です。宝蔵門の横辺りにあります。

東京浅草 浅草寺 伝法院通り

この後、伝法院に行こう・・・と思ったら、浅草寺本体からはちょっと離れた場所にあります。伝法院通りという、わかりやすい名前の通りを進んだところにあります。

東京浅草 浅草寺 伝法院

これが伝法院・・・ですが、門が閉まっていました。残念。

東京浅草 浅草寺 水子地蔵尊

伝法院通りを先に進むと、扉の開いた門がありました。何かと思って入ってみると、水子地蔵尊でした。

東京浅草 浅草寺 鎮護堂

そのお隣に、鎮護堂があります。鎮護堂は「おたぬきさま」の名前で親しまれ、防災、盗難除、商売繁盛の守護神です。

東京浅草 浅草寺 本堂

やはり東京でも有名なお寺だけありまして、とにかく広いです。東京へ観光でお越しの際は、ぜひお越しくださいませ。




大本山 永平寺


大本山 永平寺 入口手前

やはり福井県に来たんだったら、ここは見て帰らないとダメでしょう。大本山永平寺です。えちぜん鉄道永平寺口から、バスで15分ほどのところにあります。また、福井駅から高速バスが運行されています。

大本山 永平寺 参道への入り口

永平寺は、寛元2年(1244年)に、道元禅師によって開かれた、座禅修行の道場です。最初は京都に道場を作ったのですが、寛元元年に越前の国に移りまして、永平寺を開かれたそうです。曹洞宗の大本山でして、僧侶の育成と檀信徒の信仰の場所となっています。

キューティー吉本の行った時がちょうど新緑の季節でして、中はとってもきれいでした。また、雲水と呼ばれる、修行僧もたくさんいらっしゃるお寺だけありまして、かなり広いです。

大本山 永平寺 通用門

通用門です。一般の参拝者は、ここから入ります。通用門の中に自動券売機がありまして、拝観料500円を支払います。

大本山 永平寺 吉祥閣 拝観料を支払うと、まずここへ通されます

吉祥閣(「きちじょうかく」と読みます)です。参拝者は、まずここへ通されます。靴を脱いで、ビニール袋に入れて持ち歩きます。その後、注意事項が説明されます。で、基本的なルールは・・・

  • 場内は左側通行
  • 建物の外には出ないこと
  • 基本的に写真撮影は可
  • フラッシュは使用しないこと
  • 修行僧にカメラを向けないこと
  • 当然ですが、禁酒禁煙

です。しかし、中は撮影禁止になっているお寺が結構ある中、場内撮影可というのは嬉しいではありませんか。

大本山 永平寺 傘松閣 かなり広い和室です

傘松閣(「さんしょうかく」と読みます)です。ちょっと見えにくいのですが、天井絵が描かれています。156畳もある、かなり広いお部屋でした。

大本山 永平寺 東司、山門、浴室を結ぶ廊下 左側が東司 正面が山門

廊下はこんな感じです。土足厳禁なので、履物はビニール袋に入れて持ち歩きます。参拝順路に従って、左に曲がります。写真にありませんが、この近くに東司(「とうす」と読みます)といって、お手洗いがあります。

大本山 永平寺 僧堂から撮影 左側が仏殿 正面が庫院 右が中雀門

最初に、僧堂に着きます。ここから中を撮るとこんな感じ。左側が仏殿、正面が庫院、右側が中雀門です。

大本山 永平寺 僧堂から法堂へ行く廊下 結構な急階段です

僧堂から法堂へと進みます。しかし、中は階段になってまして、結構長いです。

大本山 永平寺 承陽門 奥に承陽殿があります

階段の途中から、承陽門が見えます。その奥に、承陽殿があります。

大本山 永平寺 白山水 承陽殿への廊下の途中にあります

承陽殿の途中に、白山水があります。白山連邦に連なる湧き水でして、道元禅師にお供えする水です。

大本山 永平寺 承陽門 承陽殿から撮影

承陽殿から撮影しました。左側が、承陽門です。承陽殿は、道元禅師のお墓でして、曹洞宗の聖地とも言える場所です。

大本山 永平寺 法堂 横から撮影

法堂(「はっとう」と読みます)です。ここが一番奥でして、説法や法要が行われます。

大本山 永平寺 法堂 内部 畳敷きでかなり広いです

法堂の中に入ってみます。中はかなり広く、畳敷きになっています。一般参拝者は、手前から参拝します。

大本山 永平寺 法堂

法堂の下に一文字廊という廊下がありまして、ここから法堂を見るとこんな感じです。

大本山 永平寺 瑞雲閣

瑞雲閣です。大庫院の一部でして、ここが接待所になっているようです。

大本山 永平寺 大庫院

で、ここが大庫院(「だいくいん」と読みます)です。ここが台所でして、賓客の接待の間などがあります。

大本山 永平寺 仏殿 中雀門から撮影

仏殿です。その名の通り、中には大仏様がいらっしゃいます。

大本山 永平寺 仏殿 内部

で、その仏殿の中はこんな感じです。

大本山 永平寺 浴室

浴室です。入浴も修行の一つでして、節水に心がける、喋らないなどの心得があるそうです。

大本山 永平寺 中雀門 山門から撮影

山門から中雀門を撮影しました。この山門が、一番古い建物だそうです。

大本山 永平寺 祠堂殿

中の写真しかありませんが、祠堂殿です。ここが一般の方々の納骨や供養などの法要が行われる場所です。

大本山 永平寺 全景 いかに広いかがお分かりいただけると思います

順路を進んでいくと、最後に吉祥閣に戻ってきます。これが、永平寺の全景です。山の中にありまして、いかに広いかがお分かりいただけると思います。


寺町寺院群


金沢 寺町寺院群 案内看板

にし茶屋街からほど近いところに、寺町寺院群と言いまして、お寺が密集している場所があります。最寄りバス停は寺町3丁目なのですが、広小路からも十分歩けます。
(注:もしお寺の名前が間違っていたらごめんなさい。もし気づいた方は、正しいお寺のお名前を教えてください)

金沢 寺町寺院群 菩薩寺

ここは、菩薩寺です。

金沢 寺町寺院群 実成寺

実成寺です。

金沢 寺町寺院群 本因寺

本因寺です。

金沢 寺町寺院群 本性寺

本性寺です。

金沢 寺町寺院群 立像寺

立像寺です。

金沢 寺町寺院群 長久寺

長久寺です。

金沢 寺町寺院群 法光寺

法光寺です。

金沢 寺町寺院群 高岸寺

高岸寺です。

金沢 寺町寺院群 妙福寺

妙福寺です。岡本右太夫ゆかりのお寺だそうです。

ちなみに、これでも寺院群のほんの一部です。では、なぜここにお寺が密集しているのかというと、前田利常の命で犀川周辺のお寺が移転させられたからでして、南からの敵の侵略に備えたものだと言われています。それぞれのお寺は決して大きくはないものの、これを真面目に拝観していると、それだけで一日かかってしまいそうな感じです。




清水寺


京都 清水寺 仁王門

京都の観光スポットとしては、あまりにも有名な清水寺(念のためですが、こう書いて「きよみずでら」と読みます)です。最寄駅は、京阪電車の祇園四条駅か清水五条駅ですが、だいぶ歩きます。ただし、バスで清水道バス停まで行くと、近くまで行けますが、それでも結構坂道を上がる感じです。そりゃあそうですよね。清水の舞台って、高いところにあるから清水の舞台なんですから。

京都 清水寺 清水の舞台の横 京の七夕

前回来たときは、拝観料節約のため中に入りませんでした。今回は、拝観料300円を払って中に入りたいと思います。しかし、前回来たときと比べて、人の数が全然違うんですけど。

京都 清水寺 三重塔

冒頭の仁王門の横にある、三重塔です。元々は847年に葛井親王が勅命を奉じて創建されたものらしいです。ただし、現在の塔は1633年に再建されたものです。なお、仁王門と三重塔は拝観料を払わなくても見ることができます。

京都 清水寺 本堂

では、清水の舞台がある本堂へ行きます。まずは、本堂にお参りします。

京都 清水寺 清水の舞台の上

続いて、清水の舞台とご対面。あちらこちらで写真を撮っている人がいます。しかし、この写真みたく舞台そのものを撮らないと、あんまり意味がないんじゃないかなと思うのはキューティー吉本だけでしょうか。

京都 清水寺 清水の舞台から下を眺める

で、清水の舞台から下を見ると、こんな感じ。音羽の滝が真上から眺められます。確かに、ここから飛び降りるのは勇気が要ります。

京都 清水寺 奥の院から清水の舞台がある本堂を眺める

これが、清水寺の本堂です。清水の舞台を横から見ると、こんな感じです。いかに高いところにあるかがお分かりいただけると思います。

京都 清水寺 清水の舞台がある本堂を下から眺める

清水の舞台を下から見ると、こんな感じです。この先に、音羽の滝があります。ホント、これだけ高いものをどうやって作ったんでしょう。

京都 清水寺 音羽の滝

音羽の滝です。音羽山中から湧き出る霊水でして、創建以来一度も枯れることがなかったそうです。観音様の功徳水である金色水とも呼ばれ、延命成就、諸願成就のご利益があるとされています。なので、この水を飲もうと行列ができています。

京都 清水寺 境内図

やはりメジャーな観光名所の一つであるため、外国人観光客がいっぱいいました。しかも、浴衣を着ている人もいました。しかも、浴衣を着ているからといって日本人とは限らないという。しかし、恐らく日本人じゃないと思うのですが、浴衣の裾をはだけて歩いている姿はないなぁと思いました。