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風の便りで、弘南鉄道大鰐線が2028年3月31日をもって運行休止(でもって、恐らくはそのまま廃止)となると聞きまして、ここは一つ乗ってみたいと思って、中央弘前から大鰐まで乗ってきました。では、大鰐って一体どんなところなのか歩いてみました。
ちなみに、弘南鉄道大鰐線の大鰐駅と、JR奥羽本線の大鰐温泉駅は、駅舎とホームこそ別々ですが中はつながっています。
「大鰐温泉っていうからには、温泉があるんじゃない?」
事実、駅前には足湯がありますからね。
「温泉街はこっち」
・・・の案内に従って、やってきたのはこの通りです。温泉街というよりは、普通に地方の商店街といった感じです。
かまわずそのまま歩いていると、何やら橋が見えてきます。
橋を渡った先に、「公衆浴場 若松会館」と書いた建物が見えました。これ開いているのかなと思ったら・・・
ちゃんと営業していました。やはりここが温泉街で間違いなさそうです。
更に先に進むと、温泉街というよりは、商店街といった雰囲気です。
この通りはどうやら、湯けむり通りというらしいです。その昔、あちこちに温泉が掘られていまして、旅館や飲食店が建ち並ぶ温泉街らしい通りだったそうです。
しかし現在では、温泉街というよりは商店街で、しかも飲食店とか有効施設も見当たらないな・・・と思ったら、パチンコ屋さんがありました。
更に歩いていくと、どうやら足湯があるみたいです。ちょっと行ってみます。
湯魂石薬師堂と足湯です。
その昔、津軽藩主の津軽為信公が、難病の眼病を患いました。ある夜、夢の中に薬師如来が表れて、「大鰐に沸く温泉で目を洗えば必ず治る」とのお告げがありました。そこで、大鰐で温泉を探したところ、大石の下から温泉が湧いているのを発見し、その温泉で目を洗ったところ、眼病が治りました。
津軽為信公は大いに喜びまして、お礼に大石の上に小さい祠を建てまして、湯魂石薬師堂と名付けたそうです。
羽黒神社の鳥居が見えてきました。どうやらここが参道のようです。
湯けむり通りのすぐ隣の通りを歩いてみます。恐らくこのお店は閉まっていると思われるのですが、昭和レトロな雰囲気が漂います。
湯けむり通りよりも更にお店は少なく、温泉街というよりは、普通に住宅街のような雰囲気です。
それでも、ちゃんと温泉旅館があります。どうやらこの辺りが温泉街の中心みたいです。
温泉旅館がずらりと並ぶ雰囲気ではないものの、温泉旅館や民宿がぽつりぽつりと建っています。
更に歩くと、高い煙突が見えました。もしやこれは銭湯かも・・・と思ったら・・・
マルシチ津軽味噌醤油の工場でした。
工場のある通りです。ここは県道201号線でして、あじゃら高原トンネルの入り口があります。
平川の川沿いを歩いていると、「公衆浴場 青柳会館」と書いた建物を発見。
公衆浴場というよりは、旅館か民宿のような建物でした。
こちらもちゃんと営業していました。
更に平川沿いを歩いていたら、何やら公園らしきものを発見。早速行ってみます。
ホットパーク加賀助と言って、足湯がありました。ここには加賀助旅館と言って、昭和中期まで立派な旅館があったそうです。
更に歩くと、何やら赤い橋があります。
渡ったその先に、歴史ある赤い建物がありました。神岡山大円寺です。ちなみに、飲食店は大円寺の周辺と、マルシチ津軽味噌醤油の近くにちょこちょこありました。
普通の商店とか住宅とか介護老人施設が多く、残念ながら温泉街らしい風情は感じられませんでした。ただし、ちゃんと公衆浴場もあり、温泉旅館もあり、飲食店もあるので、温泉街であることは間違いないです。更に言うと、建物自体は昭和の時代に建てられたものが多いと思われ、昭和レトロな気分になれるのは間違いないですね。





























