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その昔、青函トンネルができるまでの間、青森と函館の間に青函連絡船が運行されていました。青函連絡船は廃止になったのですが、当時の船が青森駅と函館駅に保存されています。
で、青森駅に保存されているのが、八甲田丸です。場所は、青森駅から歩いて5分ぐらいのところです。
八甲田丸は、船内が青函連絡船の展示施設になっています。開館時間は9:00~19:00(冬季は17:00まで)観覧料は、大人510円、高校生・中学生310円、小学生110円です。
操舵室です。船の舵を切る操作は、ここで行われます。車で言う、ハンドル操作を行う場所ですね。
横から見ると、こんな感じ。人がいるように見えますが、これはマネキン人形です。
グリーン席です。ちょっと見えにくいのですが、レッグレストや読書灯も付いていまして、確かに豪華な座席ですね。
青函連絡船とカーフェリーとの決定的な違いがこちら。青函連絡船は、列車をそのまま搭載できるのです。このため、青森駅と函館駅には、陸と船を線路で結ぶための可動橋があります。
車両甲板(つまり車両を搭載するところ)にもレールが敷かれていて、ここへ列車を積み込みます。
現在では、車両甲板で列車が展示されています。これは、ヨ6000と言って、車掌車です。大抵は貨物列車の後ろに連結します。
「お客さんが乗るわけでもないのに車掌さんがいるのはなぜ?」
それは、車掌さんの一番重要な任務は、乗客の案内や、扉の開け閉めではなく、列車の防護だからです。詳しくは、この記事をご覧ください。
こちらはスユニ50といって、郵便車です。郵便車というのは、郵便を輸送するだけではなく、この中で郵便物の仕分けを行うことができる車両です。郵便輸送がトラックに転換された結果、郵便車はなくなりました。
キハ82です。北海道に導入されたディーゼルカーです。国鉄の特急としては珍しく、先頭車が貫通型(つまり、お客さんが車内の通り抜けができる)となっているのが特徴です。
DD16ディーゼル機関車です。比較的小型の機関車で、主に貨車を引いていました。
車両甲板に搭載した列車を固定できるよう、連結器が付いています。
エンジンです。写真で見るとわかりにくいのですが、かなりでかいです。
エンジンのすぐお隣に、機関室があります。ここでエンジンを調整します。車で言うアクセルを操作する場所ですね。
青函連絡船戦災の碑です。第二次世界大戦のとき、青函連絡船は攻撃のターゲットにされました。
1945年(昭和20年)7月14日に「翔鳳丸」「飛鸞丸」「第二青函丸」「第六青函丸」が、8月10日には「亜庭丸」が青森湾で撃沈され、131名の犠牲者を出したそうです。また、7月14日・15日には津軽海峡と函館湾でも攻撃を受け、青函連絡船は全滅。乗員乗客424名の命が奪われたそうです。
青函連絡船と言えば、石川さゆりの津軽海峡冬景色を思い出す方も多いかとは思いますが、八甲田丸の横に、歌碑があります。
青森港客船ターミナルビルです。その昔、下北半島へ行くポーラスターが運行されていたのですが、2023年3月31日で運行終了しました。現在では、クルーズ船が寄港したときに利用しているみたいです。
八甲田丸の隣に、巡視船 おいらせが停泊していました。






















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